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週べ60周年記念

東映・大杉勝男、やったぜベイビー!/週ベ回顧

 

 一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

荒川堯、大洋キャンプに参加


表紙は巨人長嶋茂雄



 今回は『1970年11月9日号』。定価は80円。
 同じ号からの2回目だ。

 10月19日、前年のドラフト1位・荒川堯が大洋ホエールズのユニフォームを初めて着て秋季キャンプに参加した。

 ドラフト会議の後、「巨人以外は行かない」と公言し、アメリカ留学。そのまま次のドラフト会議を待つかと思われたが、大洋の交渉期限の2日前に契約。
 ただし、入団会見は「静養のため」と顔を出さず。大洋への入団も、巨人のコーチ退任が濃厚となっていた父・荒川博とセットで誘っていたヤクルトとの三角トレードが決まったためと言われた。
 見え見えの茶番に世論も反発。のちの江川事件に近い雰囲気となっていたようだ。
 
 怒ったセ会長の鈴木龍二に「練習に参加させよ」と大洋が勧告を受けた話は書いた。今回の練習参加はこれを受けてのものだった。

 背番号3のユニフォーム姿の荒川の写真も掲載されていたが、当時の大洋のユニフォームの背ネームは本拠地の「KAWASAKI」で「ARAKAWA」の文字はない。
 本人は記者たちの質問に答え、
「巨人ですか? いまでも好きな球団ですが、未練は捨てます。僕も男だから」
 と言っている。
 ヤクルトへの移籍に関しては、
「僕の力ではどうにもならないことですから。オーナーや森社長に一任しています」
 と裏でのやり取りをうかがわせた。
 
 ただ「なんでウチで働かないヤツと一緒にしなきゃいけないんだ。いじめてやろう」くらいの思いだった大洋ナインの声は、「意外といいやつじゃないか」になっていた。
 口数は多くないが、礼儀正しく、何より、久々に一人ではなく、チームで野球ができる喜びが荒川から伝わってきたからだ。

 荒川堯は長野県浅間山の麓の出身。荒川博の紹介で早実に入り、3年生のときに博の養子となった。世話になってきたという感謝の思いもあって、実の父以上に博に対し、遠慮があったようだ。
 そして、この親子関係が問題を複雑にした。

 堯のアメリカ留学の資金は巨人が出したと言われる。つまり、その時点では巨人は獲得に熱心だった。しかし、荒川博の巨人内での立場が微妙になり退団が濃厚となったことで、巨人は獲得を避ける決断をし、言い方は失礼になってしまうが、堯は父の就職活動のダシに使われる形になった。
 早大の後輩はこう言って憤っていた。
「大洋だろうとヤクルトだろうと、荒川さんの野球をやりたいという気持ちに偽りはない。あるいは本当のことを、事実を全部吐露したら、どんなに気が楽で、悪者扱いされるのも避けられたはずなのに」

 そのヤクルトでは三原脩監督の就任が濃厚となっていた。三原は2年契約が終了した近鉄を10月19日に退団していた。

 パ・リーグでは史上最高打率.3834で東映・張本勲が首位打者になったが、東映では、もう一人の男のタイトル獲得にさらに沸いていた。
 10月19日、最終戦の阪急戦(西宮)で大杉勝男足立光宏から43、44号を放ち、42号で並んでいた南海・野村克也を引き離した(南海はあと1試合)。
 2本目では、塁を回りながら涙がボロボロ。ホームベースまで出迎えた張本も大杉を抱きかかえながら涙を流した。
「おいおい声を上げて、少々オーバーにいえばひとりでベンチまで歩けないほどの男泣きだった。ワシが抱くようにしてベンチまで運んだが、大杉が泣いているのを見て、思わずもらい泣きした。ワシの目から涙が流れたのは久しぶり」と張本。
 
 ベンチもみな涙だった。体が大きく、少し短気ながら、誰よりも純粋だった大杉が、タイトルをいかに熱望していたか、みんな知っていたからだ。

 試合後、大杉は泣きすぎて目がはれ、まだ満足に話ができなかった。当時の記事では「教室でおしっこをもらした小学生のように」とあるが、記者たちに何を聞かれて、小声で「はい」「はい」。
 ただ、最後はしっかり、
「もうここまでやって、ノムさんに負けても悔いは残りません」 
 と言った。

 野村は最後の1戦で一番に入ったが、ホームランはなし。この日、青梅でゴルフをしていた大杉はそれを聞き、
「やったぜ、ベイビー!」
 と言って、ゴルフクラブを放り投げた。 
 
 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM
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