一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 巨人の日本一祝勝会で最後まで飲んでいたのは?
今回は『1970年11月23日号』。定価は90円。
独走でリーグ優勝を飾りながら日本シリーズでは1勝4敗と巨人に惨敗した
ロッテ。もともと評判の悪かった
濃人渉監督の采配に対し、ここぞとばかり批判が集まっていた。
最大の批判ネタは皮肉にも日本シリーズで、唯一のヒーローとも言える慶大出身の6年目、
井石礼司の起用に対してだ。
井石は1戦目は出場なしも、第2戦で代打2ラン、第3戦も代打でヒット、第4戦も途中出場ながら3ラン含む4打点で唯一の勝利に貢献。5戦目ラストゲームでようやくスタメン起用で1安打。
トータルで8打数4安打、打点6だった。
この男、シーズンではわずか28試合で4安打。まさにシリーズ男、と言いたいところだが、実際には1年目からクリーンアップ候補と言われ、実力は認められていた。
ロッテの外野陣の層は厚かっこともあってやむを得ない面もあったが、濃人監督から冷遇され、“反濃人派”とも言われていたらしい。
実際、1戦目はベンチ入りもしておらず、二軍首脳陣の推薦で何とか2戦目からベンチ入りした。
井石は2戦目の本塁打賞の賞品を居合わせた大沢二軍監督にプレゼントし、
「もう野球をやめてもいい。お返しができたから」
と言っていたという。
日本一の巨人からは、
長嶋茂雄、
王貞治、森昌彦、
黒江透修、
高田繁、
高橋一三、
堀内恒夫の座談会が掲載されていた。
日本一決定後、二次会は銀座。大型バスで乗り込んだらしい。参加せずに帰ったのが、長嶋。逆に徹夜で飲み続けたのは、やっぱりあの男だったらしい。
少し他愛もない会話を抜粋する。
堀内 長嶋さんは愛妻家だからねえ。俺だって女房がいれば真っすぐ帰るところなんだけどなあ。
高田 じゃあ、早く結婚しろよ。いいぞ、結婚というのは。のろけじゃないけど(笑)。
堀内 まあ、あせらない。女は星の数ほどいるよ。ねえ、一三さん。モテない男ほど早く結婚したがるんだよなあ。僕はまだまだ(笑)。
高橋 ホリには降参するよ(笑)。
堀内 一三さんに降参してもらっては困るよ。俺のライバルだもの。グラウンドでも公私ともね。
高橋 僕、徹夜酒はやらん(笑)。
巻頭からドラフト会議が掲載。『週べ』で初めてだったと思う。
11月9日、日生会館でのドラフト会議。競合はなく、まず指名順番を決めるクジ引きをする形だ。一番クジを引いたのは、南海・
野村克也監督だった。
野村監督は甲子園三羽烏とも言われた箕島高・
島本講平を指名、ほか岐阜大付高の湯口敏彦は巨人、広陵高・
佐伯和司は
広島が1位で指名した。
コーチ陣では巨人・
荒川博、広島・
広岡達朗が退団表明。広岡は
根本陸夫監督を批判しての表明だった。ただ、日南の秋季キャンプには参加しており、球団は慰留を続けている。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM