週刊ベースボールONLINE

編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

野村克也さんは長嶋茂雄氏の打撃にあこがれを抱いていた!?

 

現役時代の巨人長嶋茂雄


 こちらの質問の仕方が悪いこともあるのかもしれないが、野村克也さん(元南海ほか)に自らの打撃論に関して話を振っても明確な答えが返ってくることが少なかった。現役時代、捕手という重労働のポジションを担いながら通算2901安打、657本塁打、1988打点はすべて歴代2位。まぎれもない大打者の一人であるのだが、本人はそう思っていない節があった。

「俺はD型だったからな」と自嘲気味に話すことが多いのだ。野村さんは打者のタイプを4つに分け、投手をリードする際の根拠としたがD型とは「球種にヤマを張るタイプ」のことをいう。ちなみにA型は「直球に重点を置きながら、変化球にも対応しようとする」、B型は「内角か外角、打つコースを決める」、C型は「右翼方向か左翼方向か、打つ方向を決める」タイプのこと。察するに、能力だけで打つことができずに、頭を使わなければいけないところに野村さんはコンプレックスのようなものを抱えているのではないのかと思われる。

「球種にヤマを張る」という言い方は「データを駆使する」という言葉に置き換えられるだろう。相手バッテリーの配球を読み、ベストボールを打ち砕く。しかし、それは裏を返せばデータが少なければ投手攻略に苦慮することを意味する。例えば日本シリーズ。野村氏が現役時代、もちろん交流戦などなく、セ、パが真剣勝負をするのは頂上決戦のみ。それでもデータを集めただろうが、現在ほど詳細なものもなかったはずだ。

 初見の投手との対戦。データの蓄積がない中で、打者は己の能力だけで対処しなければならない。野村さんは現役時代に6度、日本シリーズに出場したが、通算成績は33試合で122打数28安打、5本塁打、17打点、打率.230。巨人と対した1959年、阪神と対した64年と2度、打率1割台に沈んでおり、3割台に乗せたことは1度もない。日本シリーズを苦手にしていたと言って間違いないだろう。

 野村さんに最強打者は誰か尋ねたとき、王貞治氏(元巨人)の名前が挙がったが、打者として長嶋茂雄氏(元巨人)に対しても一目を置いていた。データを駆使しても打ち取れず、予想外の打撃に苦しめられる。A型、B型、C型、D型のいずれにも当てはまらない長嶋氏の打撃に、野村氏は一種の“あこがれ”のようなものも抱いていたのではなかったかと思う。ちなみに、長嶋氏は12度、日本シリーズに出場し、通算成績は68試合で265打数91安打、25本塁打、66打点、打率.343の好成績。巨人V9時代、南海は65年、66年、73年と3度、日本シリーズで対戦しているが長嶋氏に65年は打率.381、2本塁打、6打点、66年は打率.440、2本塁打、9打点とコテンパンにやられていることも野村さんの脳裏に焼き付いていたことだろう(73年はケガのため不出場)。

 長嶋氏のすごさは無類の勝負強さにもある。チームスポーツは最終的に勝利を得ることが、第一目標だ。いくら個人成績に優れていようと、それが勝利に結びつかなければ価値は半減してしまう。その点、長嶋氏は前人未到のV9時代の巨人で主軸を務め、勝利を積み上げる価値ある一打を数多く放ってきた。最強打者の絶対条件の一つとして、勝負強さも欠かせない要素になってくると思う。

 長嶋氏にも以前、「最強打者は誰か?」と聞いてみたことがあるが悩みに悩んだ末、「う〜ん。それは時代、時代によって違いますからねえ」と選手名が挙がることはなかった。確かに道具も違えば、環境も違う。すべての打者を一列に扱うことに無理があるかもしれないが、もしかしたら長嶋氏の胸の中にある、その答えはやはり「長嶋茂雄」なのだろうか、とも夢想してしまう。ミスター・プロ野球の奥ゆかしさゆえ、自身の名前を挙げなかった、と勝手に思っている。

文=小林光男 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング