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プロ野球20世紀・不屈の物語

世界の頂点を経験した王貞治の屈辱/プロ野球20世紀・不屈の物語【1995〜99年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

巨人の王、南海だったホークス


ダイエー監督時代の王貞治


 21世紀、とにかくホークスは強い。20世紀に栄華を誇ったV9巨人のような、いつまでも続くような連覇こそないものの、ずいぶん長く黄金時代が続いている気がする。ソフトバンクが、かつて大阪に本拠地を置く南海というチームだったことを知らない、若いファンも多くなってきていることだろう。一方で、黄金時代の幕開けに導いた王貞治監督については、その現役時代、巨人の中心打者として通算868本塁打を残した長距離砲だったことは、同じ時代を経験せずとも知っている若者は少なくないはずだ。

 そんな王のいた巨人と、日本シリーズで何度も激闘を演じたのが南海だった。だが、監督、司令塔、そして四番打者を務めていた野村克也の退団とともに暗黒時代に突入。それは、黄金時代の栄光を追憶の彼方に追いやらんばかりの低迷であり、その低迷は球団の売却、そして本拠地の移転につながった。その再建を監督として託されたのが、かつてはホークスのライバルだった王だ。それは、本塁打で世界の頂点に立った男にとって、屈辱の日々が始まった瞬間でもあった。

 もちろん、“一本足打法”以前の若き王にも屈辱はあった。早実のエースからプロで野手となり、プロ初安打を本塁打で飾るなど、のちの片鱗こそ感じさせたものの、それまでの26打席は無安打。1年目は規定打席に届かず、打率.161、7本塁打、72三振で、「オー、オー、三振オー」などという揶揄もあった。だが、まだ自身の未来に栄光が待っていることを知らない日の話。すでに頂点を味わった男にとっては、ダイエー監督として経験した屈辱の重さは、若き日に経験したものの何倍にも感じられたのではないか。

 ただ、もしかすると、屈辱の日々はダイエーの監督に就任するよりも前、巨人の監督を務めていたときに、すでに始まっていたのかもしれない。84年に助監督から昇格し、後楽園球場ラストイヤーの87年に初優勝も、日本シリーズでは西武に苦杯。翌88年、東京ドーム元年は2位に終わると、限りなく解任に近い形で退任している。奇しくも、その88年、南海はダイエーとなり、大阪から福岡へ。90年には、かつて王の連続本塁打王をストップさせた田淵幸一監督の下、再出発した。ただ、球団名と本拠地が変わったくらいで低迷から脱出できるほど、プロ野球は簡単な世界ではない。93年からは根本陸夫監督となり、2年で退任した根本が後任に招いたのが王だった。

屈辱と栄光の5月9日


1996年5月9日、ダイエーナインの乗ったバスがファンに取り囲まれた


 王監督1年目の95年は5位。根本監督の時代から豊富な資金力を駆使して秋山幸二工藤公康石毛宏典ら大物選手を続々と補強してきていたが、なかなか結果にはつながらない。翌96年も低迷。そして5月9日の近鉄戦(日生)に1点差で敗れると、試合後に事件が起きる。王監督やナインの乗った移動バスをファンが取り囲み、約50個の生卵や石、靴などが投げつけられた。その後も成績は好転せず、9月16日の西武戦(西武)では、王監督の采配に抗議してファンが発煙筒を投げ込む騒動も。結局、プロ野球ワーストとなる19年連続Bクラスとなる最下位。続く97年も一時は首位を争う健闘も4位に終わり、20年連続Bクラスとなってしまう。だが、“生卵事件”では泣いていた選手もいたというが、「勝てば、この人たちも拍手を送ってくれる」と耐えていた王監督は、屈辱を力に変えていく。

 迎えた98年は終盤まで優勝の可能性を残し、最後は力尽きて3位に沈むも、ついにBクラスを脱出。そして99年。奇しくも生卵を投げつけられたのと同じ5月9日には首位に立ち、その後は快走。8月からは劇的なサヨナラ勝ちが増え、31日にはマジック20が点灯、9月25日に悲願のダイエー初優勝を決めた。西鉄が63年に優勝して以来、九州のチームとしては36年ぶりの歓喜。日本シリーズでも4勝1敗で中日を下して日本一に。これは王が監督として経験する初の日本一でもあった。21世紀にダイエーはソフトバンクとなり、監督のバトンも秋山を経て工藤に受け継がれているが、ホークスの強さは変わらず。ダイエー初期の屈辱も昔話になりつつあるのかもしれない。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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