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プロ野球回顧録

斎藤雅樹の分岐点となった藤田元司監督の助言

 

プロ1年目、1983年の斎藤


 通算180勝をマークした、かつての巨人の大エース・斎藤雅樹の土台は、まさにプロ1年目のルーキーイヤーに築かれた。一軍公式戦での出番はなく、イースタンで12試合に登板して5勝4敗1セーブ、防御率1.76。これが斎藤の1年目の成績のすべてだ。

 1983年、市立川口高からドラフト1位で巨人に入団。右上手の本格派として大いに期待されてのプロ入りだった。しかし、体つきもその後のたくましい姿とはほど遠いぐらいに細く、入団当初から投手としてなかなか芽が出ない日々。当時の二軍首脳陣の間では、打撃センスと内野守備のうまさを買って内野手転向も話し合われた。

 また、バント練習でミスを連発し、当時の須藤豊コーチに選手、ファンらの前の目の前でビンタ制裁を受け大きな話題となるなど、大器も実を結ばない日が続いた。

 そんな斎藤に、大きな転機がやってきた。夏のある日、二軍を視察に訪れた藤田元司監督が、斎藤にアドバイスを送った。

「ちょっと横から投げてみろ」

 サイドスローへの転向だ。

「体の動きに合っているから」という藤田監督のひらめきが、ズバリと当たった。サイドにすることで球に伸びが生まれ、ナチュラルにスライドする直球が、打者を面白いように手玉に取る。そこまでイースタンで0勝2敗と勝ち星がなかった斎藤に、白星が次々と転がり込んできた。

「あのアドバイスが僕にとって大きな分岐点になりました。藤田さんには感謝しています」

 入団2年目の84年春のグアムキャンプで頭角を現し、初の一軍入りが決定。その年は主に中継ぎとして活躍し、4勝0敗の成績でその地位を不動のものとした。89、90年と連続20勝を挙げるなど巨人のエースの名を勝ち取った斎藤。その原点は、入団1年目にあったのである。

写真=BBM

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