一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 デービスの足はやっぱりすごい!
今回は『1971年3月22日号』。定価は90円。
7連覇を目指す
巨人がベロビーチに旅立った。
飛行機は“ジャンボ”。巨人関係者35人に報道陣25人が乗っていた。
巨人の選手は、まるで五輪代表のように、おそろいのブレザー、ズボン、ネクタイだったが、小野広報部長によると、すべて寄贈されたものだったらしい。
現地ドジャースのキャンプではモーリー・ウイルスが講師となって走塁を教わったが、足でびっくりしたのが、デービスだった。センター後方のフライにタッチアップし、なんと二塁からホームまで戻ってしまった。
のち
中日入りする選手だが、カメラを向けると
王貞治の一本足打法を真似するなど、なかなかお茶目だった。
ロッテはアリゾナへ。この年は2球団が海外キャンプを張った。
一方、高知中村での南海キャンプの打ち上げで、まさか? のことが起こった。
阪神とオープン戦を組んだのだが、ここで鈍足で知られた
野村克也兼任監督がなんと二盗を決めたのだ。ここでまず四国のお客さんは大喜びで大拍手。
ただ、口の悪い仲間たちは違う。
穴吹コーチは「雨が降っていたから走ったのでなく、泳いだんだろう」。
皆川睦雄は「19番のユニフォームを着ているけど、あれはチョロ(
広瀬叔功)じゃないの」と大げさにクビを傾げる。
南海から阪神に移籍した合田も「あんな選手は昨年までいなかった。南海は新人を入れたな」と茶化す始末だ。
実際には雨模様でスタンドも閑散とし、まったく盛り上がらぬ中、ファンサービスとしてやったらしい。
ヤング・野村(?)は、なかなかのショーマンだ。
元巨人・ジャイアンツ馬場の連載がスタート。第1回はジプシー後藤への文句だった。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM