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プロ野球20世紀・不屈の物語

天覧試合に始まった阪神・村山実の反骨/プロ野球20世紀・不屈の物語【1959年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

プロ野球で唯一の天覧試合



 長いプロ野球の歴史において、いわゆる“天覧試合”は1試合しかない。1959年6月25日、後楽園球場で開催された巨人と阪神の一戦だ。元号でいえば、昭和34年のこと。時代は令和となり、思えば、平成時代には天覧試合はなかったわけだ。もし、平成に天覧試合があったら、どんな試合になったのだろう。元号が変わったのも遠い日のことではなく、一方でプロ野球は開幕せず、室内での待機を求められる今日このごろ、“平成の天覧試合”を想像してみるのもいいかもしれない。

 さて、昭和34年。まだ戦争の傷跡は、すさまじい勢いで復興しつつあったとはいえ、少なくとも人々の心には残されていただろう。天覧試合に参加した選手たちも、みな戦争を経験した男たちだ。戦後の昭和、そして平成、いまの令和と生きている戦争を知らない我々には想像できないほど、彼らにとっても天覧試合は特別なものだっただろう。一方、そうした感慨とは別の意味で、プロ野球にとっても特別なものだった。当時、野球の花形は東京六大学リーグ。そのスターだった立大の長嶋茂雄が巨人へ入団したのが前年のことだ。“職業野球”と蔑まれ、まだまだプロ野球の社会的地位も低かった時代。天覧試合はプロ野球にとって長年の悲願であり、“市民権”を得る絶好の機会だった。そして実際、この天覧試合は、その歴史におけるエポックとなる。

 駆け足で試合を振り返ってみる。両チームの先発は、巨人は“悲運のエース”藤田元司、阪神は“投げる精密機械”小山正明。美しいフォームで投げ込む右腕と、圧倒的なコントロールを誇る右腕の投げ合いは特別な試合にふさわしいものだったが、藤田は天覧試合での先発を伝えられてから極度の緊張で疲れが取れなかったという。先制したのは阪神。3回表、投手の小山に適時打が飛び出し、1点をリードする。追う巨人は5回裏、先頭打者で四番の長嶋、続く勝負強き“坂崎大明神”こと坂崎一彦が連続ソロで逆転。阪神も6回表、四番に定着したばかりの藤本勝巳に逆転3ランが飛び出し、2点差と突き放す。

 だが、巨人も7回裏に王貞治が2ランを放って同点に。のちに長嶋と“ON砲”と騒がれる王だが、プロ2年目、まだ長距離砲として覚醒していない。これが、いわゆる“ONアベック本塁打”の第1号だった。試合は同点のまま9回裏を迎えると、先頭の長嶋が劇的なサヨナラ本塁打。巨人のサヨナラ勝ちで幕を閉じた天覧試合は、こうして長嶋に“スターの証明”を与え、また長嶋も水を得た魚のように躍動、プロ野球の中心選手として国民的な人気を獲得していく。

 これが一般的な天覧試合のストーリーだ。一方、敗れた阪神で、もうひとつ新たなドラマが静かに幕を開けた。その主役は、7回裏一死から救援登板、そして長嶋にサヨナラ弾を許した村山実だ。

恩賜たばこの苦い味


天覧試合で天皇陛下から選手や関係者に配られた「御下賜品」(酒肴料一万円と菊の御紋入りのタバコ2000本)の目録


 のちに“2代目ミスター・タイガース”と言われる村山も、まだ1年目。異様な緊張に襲われていたのは藤田だけではなく、この村山も同様だった。王の本塁打で降板した小山の後を受け、渾身の投球を続けていたが、9回裏、長嶋を2ボール2ストライクと追い込み、内角低めを狙って投じた1球。これが運命を分けた。打球は左翼ポール際へ。村山は終生「あれはファウルやった」と言い続けているが、それほど際どい本塁打だった。

「一生をかけて、この悔しさを晴らしたい。打倒、長嶋。そのためには村山という男を磨くしかない」……そんな村山の思いが、スター街道を快走する長嶋の行く手を阻み、その全身を躍動させる投法にファンは悲壮感を感じて、声援を送った。常勝の巨人、その中央にいる長嶋に立ち向かう、ライバルの阪神、そして村山。その構図は国民的スポーツとなったプロ野球の地位を確固たるものにしていく。その物語は、また機会を改めて。

 ちなみに、両チームの選手には金一封に加え、“恩賜たばこ”が下賜された。平成に天覧試合があったとしても、また令和に開催されることがあっても、これだけは絶対になさそうだ。喫煙者ではなかった村山は、1本だけ試してみたが、苦い味にむせて、すぐに火を消したという。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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