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週べ60周年記念

1971年のプロ野球は無事開幕!/週べ回顧

 

 一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

長嶋茂雄、復活!


表紙は阪神江夏豊



 今回は『1971年4月26日号』。定価は90円。
 プロ野球が開幕(1971年だが)。限界説も言われていた35歳の巨人長嶋茂雄がホームランを打った。結果だけではなく、スイングの鋭さが全盛期に戻ったようだと言われた。

 前年.269と信じられぬ低打率に終わった長嶋はオフにタバコを止め、摂生に努め、体重をベストという78キロに落とした。
 いつもの山籠もりも、例年以上にハードにこなしたという。

 長嶋はフォームに関し、アウトステップだなんだと、もともと批判されることが多かったが、
「言わせてもらえば、人より優れた目、人より優れたグリップ、人よりも優れた腰、この3つが僕のバッティングの根幹でしょう。それで引っぱたくんです」
 と話していたが、この年は逆方向への打球も意識し、まずは「3割」を絶対のノルマにしていたようだ。

 ベロビーチのキャンプ中、巨人・川上哲治監督が帰国後の一番の楽しみと話していたのが、ドラフト1位の湯口敏彦だったが、飛ばし過ぎかヒジを痛めてしまった。
「オープン戦最後の売り物にしたかったんだよ。湯口登場で後楽園を満員にして、さっそう湯口のスター誕生といきたかったんだがな」
 と川上監督。長嶋後の巨人を見据えていたのだろう。

 怒っていたのはOBの金田正一。湯口は金田二世とも言われ、金田も高い評価をしていた。
「コーチ連中なにをやらかしたんや。ま、怒ってもしゃあない。まずは徹底的に走り込むこっちゃ。あわてることはない。ヒジはあせりが一番いかんのや。根気よく下半身づくりからやり直して、出直すことや」

 一本足打法で打撃開眼、オープン戦の23試合で9本塁打を打っていた阪神・田淵幸一が3月29日、高熱のため入院。腎炎の診断を受けた。
「開幕前を前にこんなことになるとは思ってもいなかった。腎炎と聞かされても、知識がないので、最初は大したことがないと考えていました。自覚症状は何もないし、どうして寝てなきゃいけないのかと思って」
 さらに、
「なぜ俺だけこう苦しめられるのか」
 と無念の表情で話した。死球による長期離脱の記憶も生々しい時期だ。

 阪神は相変わらずバタバタしている。
 本屋敷コーチが突然、自宅謹慎を命じられた。
もともと村山実監督との不仲は言われていた。きっかけは、本屋敷が一塁コーチ時代、村山のヒットエンドランのサインに鼻で笑うような態度をとってからだという。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM
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