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週べ60周年記念

南海・皆川睦雄のカットボール秘話/週べ回顧

 

 一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

小山正明はつま先でコントロールをつける


表紙は巨人長嶋茂雄



 今回は『1971年5月10日号』。定価は100円。

 野村克也氏が、南海時代の盟友、故・皆川睦雄氏の野球殿堂入りの際、「球界で初めてカットボールを投げた男だった」と言った。アンダースローの皆川にとって、左打者をいかに攻略するかは大きな課題。そのためにマスターしたのが、小さなスライダー。今で言う、カットボールだった、という。

 それにまつわる記事があった。
 プロ18年目のベテラン、皆川の対左打者の武器が内角低めへのスライダー、つまりはヒザ元に食い込む球だった(大きい変化か小さい変化かは書いていない)。
 打者が振りに行きやすく、しかも確実に詰まる。
 かつて、これが有効であると密かに練習していた皆川は、その最後の実験台に巨人の王貞治を選んだ(野村の話では、野村が選んだ、ということになるが)。
 63年3月、後楽園のオープン戦だったという。
 皆川は王にこの球を投げ、打球はライト前ヒット。ただ、皆川はニヤリと笑い、王は「やられた」という顔をしたという。
 王のバットが真っ二つに折れたからである。

 もう1人、ロッテの大ベテラン、小山正明の魔球についての話もあった。
 阪神時代の小山の武器は高めのホップする速球。空振りか捕手へのファウルフライ。せいぜい外野フライだから広い甲子園ではリスクがなかった。
 しかし移籍してきた東京(ロッテ)の本拠地東京球場は狭い。この外野フライが時にスタンドまで届いてしまう。
 ここで小山は阪神時代から王相手には何度か投げていたという、パームボールを主武器にモデルチェンジ。打者の手元でほんの少し落ちる球だったが、これで面白いように内野ゴロに打ち取った。
 もう一つの武器は阪神時代から定評があった制球力。現役の本人が秘訣を言うはずもないが、前出の皆川はこう観察していた。
「小山さんは内角に投げるとき、踏み出すスパイクを打者の内側に向ける。外角に投げるときは外側に向ける。つまりコントロールを手ではなく、つまさきでつけているんだと思います」

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM
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