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プロ野球20世紀・不屈の物語

桑田真澄、巨人ドラフト1位という“挫折”と“危機意識”/プロ野球20世紀・不屈の物語【1985〜94年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

ドラフト1位から一転、“悪役”に


ルーキー時代の巨人桑田真澄


 都会の公園で遊ぶ親子や、休日に渋滞している湘南の映像をニュースで見るたびに、危機意識の源泉は想像力だということを痛感させられる。もちろん本来なら、子どもに社会的距離は必要ないし、湘南の渋滞も日常的な光景だ。それが、目に見えない敵と戦うことを余儀なくされている今は危険な行動だということを認識するには、想像力は不可欠だろう。プロ野球も同様だ。政治に求められているのが政権の安定に対する危機意識ではなく国民の生活に対する危機意識であるように、球団にも選手やファンに対する危機意識が求められてくる。想像力だけでなく、過去の失敗も教訓になるはずだ。

 1978年、巨人はドラフトで禍根を残した。詳しくは別の機会に譲るが、規約のスキを突く“空白の1日”で江川卓と契約した、いわゆる“江川事件”だ。ただ、結果的に江川は巨人へ入団し、エースとなったことで、巨人にとっては大成功の“事件”となる。もしかすると、過去の失敗という認識もなかったのかもしれない。“江川事件”から、わずか7年後の85年。早くも巨人は、ドラフトにおける事件の主役に舞い戻ってくる。熱烈に巨人への入団を希望し、入団が決定的と言われていたPL学園高の清原和博を指名せずに、よりによって、そのチームメートの桑田真澄を指名したのだ。清原は会見で唇を噛み、涙を見せる。清原と同様、巨人でプレーすることを夢に描いていた桑田の表情にも、1位で指名された選手の晴れやかさは見られなかった。

 清原は1位で指名された西武へ入団。巨人への入団という夢を叶えることを仮に勝利とするなら、勝者は桑田で、敗者が清原ということになる。そして、それぞれのプロ1年目となる翌86年、運命は皮肉な形で2人の若者を明暗に分ける。清原は開幕から活躍して優勝、日本一に貢献した一方で、桑田は2勝に終わる。1年目の“勝者”は間違いなく清原であって、桑田ではなかった。18歳の若者を苦しめたのは、それだけではない。かつての江川と同様に、桑田もプロ野球ファンから“悪役”と見なされる。「挫折からヒーローになった清原、成功から転落した桑田」のような、勧善懲悪的で単純明快なドラマが求められている雰囲気も、当時は確かにあった。そんな雰囲気にのまれたのだろうか。巨人ファンもまた、桑田には冷たかった。

あのドラフトから9年後


94年、中日との“10.8決戦”で胴上げ投手に


 この2020年、多くのアスリートが無観客試合を経験して、あらためてファンの声援が力になっていることに気づいたというが、弱冠18際の桑田にとって、ファンの冷たい視線が残酷なものだったことは想像に難くない。ただ、そんな中でも「このままでは2、3年でクビになる」という“危機意識”を得た桑田は、トレーニングや栄養学の勉強を始め、あらためて自分の体と向き合っていく。「10年後に完成形」、これが目標だった。だが、翌87年には15勝を挙げ、防御率2.17で初の最優秀防御率。前年の清原と同様、優勝にも貢献した。それでも、逆風は止まらない。グラウンドの外では、登板日を漏洩したという疑惑をかけられ、多額の借金も背負った。

 槙原寛己斎藤雅樹と”三本柱”と並び称される一方で、1人の低迷だけで優勝できないということはないのだが、巨人が優勝を逃すたびに“戦犯”として名前が挙げられた。ただ、当時の少年たちに「あこがれの選手は?」と尋ねると、そこで多く挙げられたのも桑田の名前だった。小柄な体を目いっぱい使い、全力で野球に取り組んでいる姿だけを少年たちは見ていたのだろう。

 そして94年。巨人と中日は同じ勝率でシーズン最終戦を迎える。史上初の最終戦同率優勝決定戦、いわゆる“10.8”だ。その試合を前に、桑田は泣いた。それまでは試合の前といえば決まってヤジられていたが、このとき初めて、温かい声援を送られたという。あのドラフトから9年後のことだ。この試合で7回裏に3番手として登板した桑田は、9回裏、最後の打者から三振を奪って優勝を決めると、両手を天に突き上げて、ガッツポーズを見せた。これは想像になるが、おそらくは優勝の歓喜からだけではないだろう。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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