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プロ野球20世紀・不屈の物語

審判4人制が生んだ? 本塁打をめぐる不条理劇/プロ野球20世紀・不屈の物語【1990〜92年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

90年の開幕戦から判定をめぐって紛糾


ポール際への大飛球を本塁打と判定され、グラウンドにヒザを落とした内藤


 先日も何やら我々に広く誤解があったように高いところから指摘があったが、誤解というものは、誤解された側はもちろん、誤解してしまった側にも不幸を呼ぶ。不条理劇の名作といわれるカミュの戯曲『誤解』もそうだ。全編、絶望に満ち満ちていて、読んでいても不幸な気分になる。これに限らず、世には絶望的なだけのフィクションが少なくないが、それに触れて悦に入る人もいて、さらに不幸な気持ちにさせられる。カミュといえば、世界では『ペスト』が改めて読まれているとか。いま流行の感染症に苦しむ人が病床で手に取っているわけでもあるまい。わざわざフィクションに触れずとも、世の中は不条理に満ちている。

 近年はビデオ判定が導入されたことで減少したが、20世紀のプロ野球では、審判の判定をめぐる“不条理劇”も多かった。審判が事実を“誤解”したのか、審判の判定を誤審であると“誤解”したのか。21世紀に入り、2006年に開催された第1回WBCで、あからさまな誤審があったことは記憶に新しいが、このときは、それをバネにするかのように勝ち進むポジティブな物語がつむがれたことが救いだった。これは稀有なケースだ。多くの場合は釈然としないまま試合が続行されて選手が涙をのんだり、試合が中断されて審判が殴られたりと、禍根だけを残す。事態が悪化すれば後日になって選手や審判が処分されるなど、気が重くなることが続く。審判が6人から4人に改められた1990年から、そんな不条理は加速していった。

 迎えたペナントレース。開幕戦から、いきなり問題が勃発する。ヤクルト野村克也監督にとっては初陣となった4月7日の巨人戦(東京ドーム)。ヤクルトの2点リードで迎えた8回裏だった。一死二塁から、篠塚利夫の放った打球は右翼ポール際へ。ファウルグラウンド側のスタンドへ入ったが、塁審はポールを巻いたとして本塁打の判定。野村監督は猛抗議、内藤はグラウンドに崩れ、悔しさを叩きつけた。これに審判も大慌て。結局、判定は覆らず、野村監督は「巨人は強いはずだよ」と吐き捨て、打った篠塚も「審判の手が回ったからホームランなんでしょ」と歯切れが悪い。試合は延長戦に突入、14回裏に押し出しで巨人がサヨナラ勝ちと、こちらも後味が悪い。

 そのまま巨人は首位を陥落しないまま2リーグ制となって最速のリーグ優勝。開幕戦を落としても優勝は間違いなかっただろうが、釈然としないものは残る。翌91年にも巨人の村田真一が放った打球が本塁打と判定され、中日星野仙一監督が抗議して覆ったことがあったが、その翌92年には、優勝を争う終盤、やはり本塁打をめぐる判定で試合が紛糾する。

阪神が“幻の本塁打”でV逸?


ヤギのサヨナラ本塁打と思われたが、抗議により判定が覆ってしまった


 92年は、85年の日本一を最後に失速した阪神が再びフィーバーを巻き起こしたシーズンでもある。そんな阪神がヤクルト、巨人と三つ巴で首位を争っていた9月11日のヤクルト戦(甲子園)だった。9回裏に八木裕が劇的なサヨナラ本塁打……のはずが、野村監督が「ラバー部分に当たり、フェンスをつたってスタンドインした」と抗議。判定は覆り、エンタイトル二塁打に。試合は延長15回、プロ野球記録を更新する6時間26分の試合を戦って、引き分け。最終的に阪神が優勝を逃した一方で、ヤクルトは野村監督となっての初優勝を飾った。ただ、この試合に勝てなかったことで阪神が優勝できなかったように言われることも多いが、これは誤解。その後も阪神は首位に立ち、10月に入って陥落している。

 この試合は八木の“幻の本塁打”と語り継がれているから、まだいい。90年の篠塚は気の毒だ。“篠塚の”疑惑の本塁打として語られ、篠塚に問題があるような誤解を招きかねない。いかに天才的なバットコントロールで球史に名を残す篠塚といえど、ポール際すれすれを狙ったわけではないだろう。間違っても篠塚は疑惑の対象ではないのだ。ビデオ判定が導入されたのは2010年で、その20年後。ここにも不条理は眠っている。もちろん判定が中立かつ公平であるのは大前提のはずだ。やはり世の中は不条理に満ちている。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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