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プロ野球20世紀・不屈の物語

片岡篤史、松坂の夢を砕いた渾身のフルスイング/プロ野球20世紀・不屈の物語【1992〜2000年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

フルスイングvs.“平成の怪物”



 この春、闘病する姿に心の中で声援を送り、生還した姿には自分のことのように胸をなでおろしたファンも多かったことだろう。その一方で、その生還を信じて疑わなかったという向きも少なからずいた気がする。もちろん油断も予断も禁物な病なのだが、片岡篤史という男は、その現役時代を思い返したとき、そんな気にさせてくれる男でもある。引退して14年が経つ今も、(確かに心配はさせられたのだけれど)人々を勇気づける存在であることは変わらない。暗いニュースが続いていた時期のことだけに、うれしくて仕方がなくなるような朗報だった。

 さて、時計の針を片岡の現役時代、その前半の20世紀に戻す。1年目の1992年から第一線で活躍を続けたが、決して順風満帆だったわけではない。学生時代は順調にキャリアを積み上げていた。PL学園高では一塁手で、立浪和義(のち中日)、橋本清(のち巨人)、野村弘(弘樹。のち大洋・横浜)らの同級生、1学年の下になるが、宮本慎也(のちヤクルト)らと甲子園で春夏連覇を達成。同志社大でも1年から四番打者を務め、2年の春には首位打者に。そしてドラフト2位で日本ハムへ。開幕戦から先発メンバーに名を連ね、そのまま三塁の定位置をつかんだ。

 だが、2年目の93年には秋季キャンプで右ヒジを痛め、翌94年に初めて出場100試合を下回る。オフに手術。左前腕じん帯を右ヒジへと移植するもので、麻酔を打たれ、意識が薄れていく中で「野球ができなくなるんじゃないか」という不安に覆われたという。その後は懸命のリハビリ。その翌95年には戦列に復帰した。ヒジへの負担を考慮されて一塁へコンバート。完全復活は96年。初めて打率3割を突破するなどバットも快調で、リーグ2位の打率.315をマーク、一塁手として初のベストナイン、ゴールデン・グラブをダブル受賞した。

 翌97年には三塁にも復帰、三塁手としてもゴールデン・グラブに。その翌98年は“ビッグバン打線”の三番打者としてチーム躍進の立役者に。体を屈め、腰を沈めた独特の一本足からのフルスイングが持ち味だったが、つなぐ打撃で打線の潤滑油となり、パ・リーグ最多となる113四球もあって、出塁率.435で最高出塁率のタイトルを獲得した。三塁手としては初のベストナイン、2年連続、ポジションをまたがっては3年連続となるゴールデン・グラブにも輝いたが、開幕から首位を独走した日本ハムは後半戦に急失速、西武に優勝をさらわれた。選手会長1年目でもあり、「あんなに涙が出るのかと自分でもビックリするほど泣いた」という。以降、日本ハムでは優勝に無縁だったが、そのフルスイングはプロ野球を彩り続ける。続く99年には西武に“平成の怪物”松坂大輔が入団。そのデビュー戦のことだった。


2ボール2ストライクからのストレート


99年、松坂の初登板で155キロ直球の前に空振り三振


 99年4月7日、東京ドーム。1回裏二死から打席に入ると、2ボール2ストライクからの5球目、155キロのストレートをフルスイング。片ヒザをつき、バットを投げ出すほどの豪快な空振りで、これが松坂にとって初の空振り三振だった。ルーキー、特に期待を受けている新人には“プロの洗礼”が浴びせられることが少なくない。かつては、巨人の長嶋茂雄王貞治も、国鉄の金田正一に歯が立たず、三振に倒れた。今でも語り継がれるデビュー戦のドラマだが、このときは新人に軍配。だが、三振に倒れた片岡も、そのままでは終わらなかった。

 翌2000年6月30日。舞台は同じく東京ドームだった。先発した松坂は、あと1イニングでノーヒットノーランという好投。迎えた9回裏、先頭の打席に入ったのが片岡だった。カウントは、やはり同じく2ボール2ストライク。松坂が投じたのも同じストレートだった。球速は151キロ。これを片岡のバットはとらえ、打球は松坂の頭上を抜けてセンター前へ。この日、松坂が許した初安打だった。

 21世紀に入って海を渡り、さらに輝きを増した松坂だったが、いまだノーヒットノーランには届かず。そのデビュー戦を華々しく飾ったのも片岡のフルスイングなら、その夢を一瞬にして幻にしたのも、やはり片岡のフルスイングだった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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