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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

夏の高校野球 「やり切った」と言えるのは本人だけ

 

東京都大会が行われる江戸川区球場


 少々個人的なことで恐縮だが、編集部員コラムということでご容赦いただきたい。
 先日、何年か前に見た、弟の泣き出しそうな表情を思い出した。夏の甲子園の中止が決まったときだ。

 よくある普通科都立高校の野球部だった弟は、3年生の夏、背番号11をもらってベンチ入りしていた。1回戦はベンチスタート。監督からは、翌日の試合の先発を告げられていた。試合は3対1で、弟の高校がリードしていた。しかし8回裏、3点を奪われ逆転される。焦った選手たちが9回表に再逆転などできるはずもなく、そのままゲームは終わった。

 最後の夏、マウンドに上がることなく野球人生を終えた弟に、声を掛けることはできなかった。部活を引退し、家で夏休みをもてあましていた弟の部屋で、グラブを見つけた。中日浅尾拓也モデルが欲しいと言って、特注したものだ。ぺしゃんこになって、ボロボロだった。
「投げたかった?」
 そう問うと、弟は小さな声で「ウン」と言った。「打たれてもいいから、投げたかった」。3点を奪われた8回裏、投手交代はあったが、呼ばれたのは別の投手だった。「背番号も、ずっと1番もらえなかったわ」。弟は笑っていたが、泣くのを我慢しているように見えた。

 しばらくして、知り合いのお母さんから「最後に投げられなかった? ベンチ入りできたんだからいいじゃない!」と言われた。「うちなんて応援席よお」と笑っていたが、「そうじゃない」と、言い返してやりたかった。それを決めるのは、あなたじゃない。ベンチに入れなくても、「やり切った」と言えるならいい。ベンチに入れても、投げられなかった弟は「やり切った」と言えなかったのだ。後悔はない、やり切ったと言えていたのなら、姉の私もこんな気持ちにはならなかっただろう。

 甲子園が中止になって、やるせない気持ちを抱えている球児、そしてその家族の方はきっと大勢いる。代替大会が行われても、それが公式戦扱いになると言われようとも、「そうじゃない」と思う人はいるだろう。どこか割り切れない気持ちを抱えたまま引退する球児やその家族の気持ちを思うと、胸が苦しい。そして、後悔なく引退することが実はとても難しいことを、あらためて知る。

文=依田真衣子
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