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プロ野球20世紀・不屈の物語

“最後の30勝投手”を培った“究極の誤審”/プロ野球20世紀・不屈の物語【1956年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

68年に31勝で最多勝に


南海・皆川睦男


 21世紀のプロ野球に、シーズンで30勝を超える投手は現れないかもしれない。もちろん、あと80年ほどあるから、試合の数が一気に増えるなど、条件が変わる可能性も捨てきれないが、2013年、シーズン無敗で楽天を初優勝、日本一へと導いた田中将大ヤンキース)でさえ24勝だったのだから、よほど環境が変わらない限りは難しい気がする。

 最後にシーズン30勝を超えたのが1968年、南海(現在のソフトバンク)の皆川睦男(睦雄)が挙げた31勝。皆川は初の最多勝、防御率1.61もあって最優秀防御率のタイトルも獲得しているが、この68年は皆川にとってプロ15年目、33歳で迎えた集大成でもあった。投手は先発すれば完投するのが当たり前、先発としても抑えとしてもマウンドに上がって連投も辞さないのがエース、という時代のことだ。昨今のプロ野球を常識として、現在の物差しで過去を計ると、当時はムチャクチャな時代だったようにも見えるかもしれない。時代が変われば尺度も変わり、それによって、その時代で普遍性を持っているよう思われていた常識も変わるものだ。

 皆川は山形県の出身。県下で有数の進学校だった米沢西高でプレーしていたところ、突然、南海から誘われた。あと1勝という東北大会の決勝で敗れ、甲子園の経験はない。54年に入団。同期には、誕生日が4日しか違わない野村克也がいた。ドラフト制度もなかった時代だ。のちにバッテリーを組む野村とは最初から気が合い、寮でも同室で、スコアラーのノートを見ながら投球の組み立てについて毎日のように語り合ったというが、68年には、「ノムやんは投手のいいところをみんな引き出してくれる。野球もよく知ってるし、僕はただ言われたとおり投げるだけでよかった」と語っている。

 最初は変化の大きなシュートを駆使するオーバースローの本格派で、1年目から一軍で登板、3年目の56年には初勝利を含む2ケタ11勝を挙げると、翌57年には18勝、続く58年は17勝。2ケタ勝利は63年まで続いた一方、黒星は58年から1ケタを続けていた。64年は7勝にとどまり、翌65年には8年ぶりに黒星も2ケタとなったものの、ふたたび2ケタ勝利を続ける。負けない投球も持ち味で、19勝4敗の62年には勝率.826、18勝7敗の66年には勝率.720で、ともにリーグトップの数字だった。

 迎えた68年は56試合に登板して、27完投、8完封、4無四球完投もリーグ最多。もちろん、最多勝の31勝は自己最多だ。これで通算200勝にも到達している。ただ、これが最後の2ケタ勝利に。71年までプレーして、通算221勝139敗、防御率2.42で現役を引退した。

気持ちの問題?


皆川のピッチング


 転機は56年。肩を痛め、現役時代は南海の黄金時代を支えた柚木進コーチに勧められてアンダースローに転向したことだ。ストレートの勢いは落ちたが、シンカーやスライダーなど変化球のキレが増した。だが、変わったのは投げ方だけではない。内面に大きな変化をもたらしたのは、3ボール0ストライクからド真ん中に投じた、なんの変哲もないストレートだった。「どうせ打たんだろう」と棒球を投げ、打者も見送っが、判定はボール。もちろん皆川は抗議したが、球審の二出川延明に「気持ちが入っていないからボールだ」と一蹴される。

 二出川は巨人の前身、大日本東京野球倶楽部で背番号1を着け、35年のアメリカ遠征では副将を務めた男。翌36年は金鯱に在籍したが、出場のないまま審判に転じた。当時のプロ野球でもレジェンドといえる存在とはいえ、これは“誤審”だ。言うまでもないが、ボールやストライクの判定はコースによって決まるものであって、“気持ち”の問題ではない。ただ、これで皆川の“気持ち”が変わる。「ボールだ」という判定は違うが、「気持ちが入っていない」という“判定”は間違っていなかったのだ。以来、皆川は“一球入魂”を座右の銘に、18年の現役生活をまっとうすることになる。

 もちろん、現在の尺度では非常識な逸話だろう。ただ、あからさまに気持ちを抜きながら、皆川が18年もプレーできたとも考えにくい。1人の選手を開花へと導いた“究極の誤審”だったのも確かだ。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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