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プロ野球20世紀・不屈の物語

“第2の佐々木”から近鉄で開花した佐々木宏一郎の完全試合にまつわる奇縁【1970年】/プロ野球20世紀・不屈の物語

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

大洋を1年でクビに


近鉄時代の佐々木


 大洋(現在のDeNA)で“偵察登板”から完全試合を達成した佐々木吉郎を紹介した際にも触れたが、その4年後の1970年に近鉄でプロ野球11度目の完全試合を達成したのがサブマリンの佐々木宏一郎。自己最多の17勝を挙げたシーズンで、7月28日からは破竹の10連勝、その8勝目が10月6日の完全試合だった。2ケタ勝利は4年連続5度目。最盛期の中の最盛期、まさに絶頂といえる快挙だったが、決して順調に登頂したわけではない。プロ入りは62年の大洋だったが、いきなり運命に翻弄されることになる。

 岐阜短大付高(現在の岐阜第一高)からテストを受けて入団。120人の応募があり、唯一の合格者だった。1年目から一軍に定着できたわけではないが、それでも4試合に登板してプロ初勝利。だが、オフに解雇された。このシーズン途中に入団してきたのが佐々木吉郎。社会人の日本石油を都市対抗の優勝に導き橋戸賞を受賞した鳴り物入りの佐々木と、テスト入団でシーズン1勝の佐々木。三原脩監督の「佐々木は2人いらない」という方針で、後者がクビになったのだ。

 現在では信じがたいが、20世紀のプロ野球では、同姓の選手が同じチームにいることを嫌った逸話は散見される。解雇されて「プロとは非情なものだな」と学んだというが、もしこれだけでクビになったとしたら、苗字が佐々本や佐々岡ならチームに残っていたことになり、非情だけでなく無情の雰囲気さえ漂う。だが、これが開花につながるのだから運命は分からない。

 能力を否定されたわけではない右腕は、近鉄のテストを受けて合格。55年にプロ野球2人目の完全試合を達成したサブマリンの武智文雄が引退してコーチに就任したタイミングだった。近鉄2年目の64年にはリーグ最多の73試合に投げまくり、低迷期の近鉄にあって17敗を喫しながらも、初の2ケタ10勝を挙げた。翌65年はリーグ最多の20敗を喫したが、これも低迷チームを屋台骨として支えたことを証明する数字だろう。佐々木吉郎の完全試合があった66年は8勝も、4完封と勝ち星の半分は完封で稼いでいる。

 そして67年から6年連続2ケタ勝利。その67年は14勝10敗と勝ち越している。ただ、オフに運命の分岐点が訪れる。近鉄は大洋を率いていた三原脩監督を招聘。かつての大洋のテスト生は、三原監督の徹底した実力主義、そして勝利至上主義の下で、主力として躍動していく。

完全試合の相手だった南海へ移籍


 68年こそ11勝15敗と黒星が先行したものの、翌69年は15勝7敗と大きく勝ち越し、近鉄も初のAクラス2位に躍進。迎えた70年は17勝5敗、勝率.773はリーグトップで、近鉄も3位で2年連続Aクラスと、“パ・リーグのお荷物”と揶揄されたチームとは思えない結果を残した。

 完全試合の相手は南海(現在のソフトバンク)で、舞台は敵地の大阪球場。自身は「前半はコースが甘く、いい出来ではなかった」と語っているが、キレのいいシュートと落ちるスライダーは巧みに制球され、これを辻佳紀の好リードが支えた。誰よりも早く「佐々木さんは絶対パーフェクトをやりますよ」と“予言”したのが、やはり同姓の選手とチームメートになるのを嫌ったエピソードもあるエースの鈴木啓示。バックネット裏で観戦して、「スピードがあるし、変化球が素晴らしい」と感嘆している。

 最大のピンチは9回裏二死で迎えた27人目の打者、代打のワシントン。フルカウントから右翼へ大きな飛球を放ったが、漫画『あぶさん』で主人公のモデルにもなった永淵洋三が好捕したことで、完全試合が成立した。ちなみに、若い読者へ補足しておくと、永淵は南海ではなく近鉄の選手。“二刀流”でも話題を集めた豪傑だった。

南海時代のピッチング


 そして三原監督は「完全試合を4度、見ていますが、狙ってできるものではない。よくやりました」と絶賛している。また、このときの投球に惚れ込んだのが南海の野村克也で、兼任監督として75年シーズン途中に獲得。佐々木は先発や中継ぎ、抑えと、役割を固定せずに起用された。その後は81年までプレーを続け、通算132勝で引退。20年の現役生活だった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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