プロ野球選手の名人芸にはいくつかあるが、真っ先に思い浮かぶのは
中日の名二塁手だった高木守道のバックトスだ。
ヒット性の打球を難なくキャッチし、ノーステップのまま二塁ベースに入ったショートにバックトス。4-6-3のダブルプレーが完成する。それは高木の十八番だった。
バックトスを教えてくれたのは、南海から中日に移籍したカールトン半田という選手だった。高木はプロ3年目の21歳、背番号は1ではなく、まだ41だった。
ちょうど20年前、本人に取材して話をお聞きしたことがある。「半田さんのバックトスを見て格好いいと思ってね、これは誰でもできるものではないから、やってやろうと思ったんですよ」。
ベース付近からなら誰でもできる。実際にやっていた。でもそれでは面白くもなんともない。「僕はね、一、二塁間の真ん中からでもできるように、何度も何度も練習を繰り返したんです」。
相当な手首の力が必要と思いきや、「いや、逆です。あれは力を入れて投げてはいかんのです。そうするとコントロールがつかんからね」。
名人芸ですねと言うと、あっさりと否定された。「あれは練習をすれば誰でもできるんです。あとはそれを使う度胸があるかどうか。失敗するとコーチとかに怒られるもんでね」。
バックトスの名手は今年1月に亡くなった。名人芸を引き継ぐ二塁手の出現を待ちたいが、それはもう二度と見られない究極のプレーなのかもしれない。
文=牧野 正 写真=BBM