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トレード、FA移籍、人的補償…すべて経験した「最強の2番手捕手」

 

有事に発揮した存在感


巨人時代の鶴岡


 プロ野球の世界で自分の希望する球団に入り、満足な成績を残して現役引退できる選手はごく一握りだ。一軍で長年活躍し続ければFA移籍という選択肢が出てくるが、入れ替わりの激しい世界でトレード、FA移籍による人的補償で他球団に移籍する可能性もある。アマチュアのときに他球団のドラフト1位指名を拒否し、念願叶って巨人に入団した内海哲也(現西武)、長野久義(現広島)も主力として活躍していたが、FAの人的補償により巨人を去った。

 十人十色の野球人生がある中、「最強の2番手捕手」と称された鶴岡一成(現DeNA二軍バッテリーコーチ)の野球人生は波乱万丈だった。神港学園で3年時の1995年に阪神・淡路大震災が起きた直後のセンバツに出場。兵庫の出場校として注目され、四番・主将で牽引した。96年ドラフト5位で横浜(現DeNA)に入団。2008年途中に横浜から真田裕貴との交換トレードで巨人に移籍し、11年オフに巨人からDeNAにFA移籍して復帰した。ところが、これで終わらない。正捕手のレギュラーをつかみかけたが、13年オフにFA移籍した久保康友の人的補償で阪神に移籍した。

 横浜で谷繁元信(元中日監督)、巨人で阿部慎之助(現巨人二軍監督)という大黒柱がいた。阪神では新人で入ってきた梅野隆太郎と併用された。鶴岡は不動の正捕手ではなかったため、移籍を繰り返したともいえる。だが、有事に備えた「2番手捕手」でこれほど頼もしい存在はいない。巨人時代の08年、V決定試合でも存在感を発揮。10月10日のヤクルト戦(神宮)、6回に二走の阿部が帰塁時に右肩を負傷。急きょ、マスクをかぶったが、落ち着いたリードでチームを連覇へと導いた。

「慎之助がケガをして『行くぞ!』と言われたときは、すごく緊張したんですけどね。『優勝が決まるかもしれない』という変なプレッシャーを自分にかけないでプレーしたことが、いい方向に作用したと思います。それと、途中で試合に出るときはいつも心掛けているんですけど、周りをよく見て、落ち着くようにしたので。だから、すんなりとゲームに入っていけましたね」と当時、語っていた。

 巨人、阪神に在籍時は日本シリーズで先発マスクをかぶっている。阪神では藤浪晋太郎とバッテリーを組むことが多く通算で19勝6敗、勝率.760。好リードがメディアに注目されたが、「あれぐらいの投手は誰が捕手でも勝てる」と自身にスポットライトが浴びることを嫌がり、グラウンドの外でも黒子に徹した。

与えられた環境で努力


DeNA時代の鶴岡


 トレード、人的補償での移籍はなかなか受けいれられるものではない。だが、鶴岡は「こんな野球人生珍しいかもしれないけど、野球人として必要とされるのはありがたいこと。球団によって環境や選手たちの雰囲気、目指す野球の方向性が違うし勉強になることが多い」と前向きな姿勢を失わなかった。

 野球の世界だけでなく、サラリーマンも自身が希望した部署、配属先でなく不満を抱えたまま仕事に集中できないケースが珍しくない。だが、腐らずに与えられた環境で努力を惜しまず結果を出し続けることで道は切り拓ける。鶴岡は移籍先で期待以上のパフォーマンスを発揮し、チームに貢献してきた。21年間のプロ通算成績は719試合出場、打率.235、18本塁打、140打点。規定打席に到達したシーズンは1度もないが、数字では計り知れない濃密な現役生活だった。

写真=BBM

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