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プロ野球20世紀・不屈の物語

甲子園の“元アイドル”、任意引退から14年ぶり優勝の“救世主”に/プロ野球20世紀・不屈の物語【1983〜92年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

3度の手術で3年のブランク



 1980年代のヤクルトは、決して強いとは言えないチームだった。いや、弱かったと言い切っていいかもしれない。80年の2位が唯一のAクラスで、以降4度の最下位。だが、明るいチームだった。陽性の新人が続々と入団。特にインパクトが大きかった新人を新しい順に挙げていくと、88年に入団したのが長嶋一茂だ。言うまでもなく、“ミスター・プロ野球”長嶋茂雄巨人)の長男。現在はタレントとして、そのキャラクターで活躍している。

 打者でさかのぼっていくと、86年には広沢克己、84年には池山隆寛が加入。ともに本塁打か三振かの豪快なバッティングで“イケトラ・コンビ”と呼ばれて人気を集めた。現在の日本ハム監督で、池山と同期で入団した栗山英樹については、すでに紹介している。70年代を知る面々が捕手の八重樫幸雄、内野手の角富士夫に外野手の杉浦享(亨)と渋い顔ぶれの一方で、明るい時代を象徴するような若者たちだった。

 投手では87年に入団した内藤尚行が“ギャオス”の異名で人気を博したが、人気の面ではドラフト1位で83年に入団した荒木大輔は圧倒的、いや、別次元だったといえる。早実で1年生の夏から甲子園に出場し、いきなり4試合連続で完封。甘いマスクで女性から絶大な人気を獲得して、決勝で敗れたことも拍車をかけていく。以降3年生の夏まで連続で出場。“大ちゃんフィーバー”はヤクルトへ入団しても沈静化せず、女性ファンが荒木に群がって混乱するのを避けるため、総工費5000万円をかけてクラブハウスから神宮球場への地下通路“荒木トンネル”が作られたという伝説も残る。

 異様な人気の渦中にあっても、誰よりも冷静だったのは荒木かもしれない。ただ、人気が別格なだけに、どうしても人気が先行しているように見えてしまう。プロ野球にとって人気は重要な要素ではあるが、それも度が過ぎると運命が狂うものだ。その13年前、70年に三沢高から近鉄へ入団して人気の過熱に苦しんだ“元祖アイドル”太田幸司についても紹介しているが、荒木も似た道を歩みかけていたように見えた。

 1年目にプロ初勝利も、その1勝のみ。2年目の84年はゼロ勝に終わる。それでも翌85年から6勝、8勝と着実に勝ち星を増やし、87年には初の2ケタ10勝を挙げた。だが、それが最後の2ケタ勝利となる。88年には3勝も、89年から91年まで一軍登板なし。原因は右ヒジ痛だった。88年8月に手術、11月に再手術、89年9月にも3度目の手術。90年には任意引退となり、さらに椎間板ヘルニアまで発症する。ただ、その90年に野村克也監督が就任。南海の兼任監督としても多くの投手を再生させてきた名将だ。運命の歯車は、目に見えないところで静かに回り始めていた。

成長したヤクルト、変貌したアイドル


92年6月、イースタンで復活のマウンドを踏んだ


 6年目のシーズン途中からマウンドを離れざるを得なくなった“元アイドル”は、ふたたび一軍のマウンドに立つ執念に支えられた不屈の男に変貌を遂げていた。それが実ったのは92年6月14日、イースタン・大洋戦(立川)。1439日ぶりのマウンドだ。一方のヤクルトも、無邪気な少年のようだった80年代から、大きく成長していた。85年の“猛虎フィーバー”を再現するかのような阪神と激しいデッドヒート。だが、9月に入って9連敗を喫するなど、徐々に沈滞ムードも漂い始める。

 二軍で調整していた荒木が一軍のマウンドに立ったのが、そんな9月24日の広島戦(神宮)だ。5回の途中に荒木がフルペンで準備を始めると、神宮が揺れた。それを見た野村監督は1点ビハインドの7回表に荒木をマウンドへ送る。荒木は四番の江藤智を渾身の6球で空振り三振。これで雰囲気が一変する。その裏、荒木をリードした古田敦也が逆転2ラン。そのまま逃げ切ると、ヤクルトも息を吹き返した。荒木は10月3日に先発として7回を無失点でシーズン初勝利、そして10日の阪神戦(甲子園)で2勝目。これがヤクルトの14年ぶり優勝を決める大金星だった。

 翌93年は復活の8勝、西武との日本シリーズでも第1戦(西武)で勝利投手となって、初のリーグ連覇、そして15年ぶり日本一にも大きく貢献している。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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