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レギュラーは5年のみ…故障で泣かされた「巨人の天才打者」とは

 

50番トリオで切磋琢磨


長打に巧打を兼ね備えた高いバッティング技術を誇った吉村


 常勝軍団として歴史を刻んできた巨人は言うまでもなく、多くの名選手が誕生してきた。川上哲治長嶋茂雄王貞治原辰徳松井秀喜高橋由伸阿部慎之助……いずれも主軸として長年活躍してきた大打者だが、上記の選手たちとひけを取らない天才打者がいた。ただ、その輝いた時間は短い。レギュラーで活躍したのは5年間のみでプロ通算964安打。1980年代中盤に主力打者として活躍した吉村禎章だ。

 奈良県出身の吉村はPL学園高に進学すると、西川佳明若井基安(南海)らとともに高3春のセンバツで同校初の全国制覇に貢献。82年ドラフト3位で巨人に入団すると、高卒2年目に84試合出場し、規定打席に到達しなかったが打率.326のハイアベレージをマークした。駒田徳広槙原寛己と背番号にちなんで「50番トリオ」と称される若手の成長株だった。

「3人でレコーディングをしたり、CMに出演させていただいたり(笑)。レギュラー陣の中で、近い年齢なのは原(辰徳)さんでしたが、すでに雲の上の存在。ですので、この2人が一軍では良きライバルという形で、意識し合って、切磋琢磨して毎日を過ごしていた記憶があります。ただ、一軍で過ごす日が増えていくと、お互いの活躍が素直にうれしかったですし、連帯感みたいなものが生まれていましたね」

 吉村は天才的な打撃センスに加え、並外れた練習量でメキメキ力をつけていく。翌84年に右翼手の定位置をつかみ、115試合出場で打率.342、13本塁打。85年に初の規定打席に到達し、打率.328、16本塁打で「首位打者は時間の問題」と評されていた。惜しくも阪神・バースに及ばなかったが出塁率.428をマーク。87年には打率.322、30本塁打、86打点と長打力も磨き、球界屈指の強打者になった。当時まだ24歳。明るい未来が約束されているはずだった。

 ところが、大きなアクシデントで野球人生が変わる。88年7月6日の中日戦(円山球場)。3回に通算100号本塁打を放ってメモリアルゲームとなるはずだった。ところが、8回に左翼手の守備で中尾孝義が放った飛球を捕球した際、この回から中堅の守備に入った栄村忠広と激突。左ヒザの4本の靭帯のうち3本が完全に断裂する大ケガを負った。この試合は9対1と巨人が大差をつけ、7回に吉村の前の打者で攻撃が終わっている。吉村まで打順が回っていたら8回の守備から交代する予定だったという。

復活後もたびたび快打を披露


1990年のリーグ優勝は吉村のバットから生まれたサヨナラ本塁打で決まった


 激痛に顔をゆがめ、担架でグラウンドから運び出される事態にスタンドは騒然となる。一度は北海道大付属病院に入院したが、日本の医療レベルでは治療できないほどの重傷だったため渡米。スポーツ医学の名医として知られるフランク・ジョーブ博士が執刀した際、「今まで見たことがないひどい切れ方で、ここまで複雑な手術は初めて」と驚くほどだった。選手生命を危ぶまれる大けがから1年以上の苦しいリハビリ生活を経て、89年9月2日のヤクルト戦(東京ドーム)で復帰。代打出場すると、球場は大歓声に包まれ、涙を流すファンの姿も見られた。セカンドへゴロを放ち、吉村も走りながら感極まり、ベンチに戻っても涙が止まらなかった。

 試合終了直後のミーティングでは近藤昭仁ヘッドコーチがひとこと言った。「吉村、ボックスに立ててよかったな」。この声に原、篠塚利夫中畑清らが肩を震わせた。「あいつの苦労を知っているからグラウンドにいるときから泣けてきましたよ」とは岡崎郁の言葉だ。その後、報道陣の前に姿を現した吉村の目は真っ赤だった。

「久しぶりで球が速く感じました。もう結果はどうでも……。みんなが拍手してくれたのがうれしかったし、自分でもやっとここまで来たか、という感じでしたね」

 左足はかかとをついて歩けないときもあり、レギュラーで常時出場できる肉体ではなかった。だが、吉村は並の打者ではない。軸足の左足に体重を乗せる打ち方が不可能になったため、右足を軸に回転する打撃スタイルに変えて打ち続けた。90年に84試合出場で打率.327、14本塁打をマーク。同年、優勝を決めるサヨナラ本塁打も放った。90年代後半は左の代打として勝負強さを発揮し、98年限りで現役引退した。プロ17年間で通算1349試合に出場して打率.296、149本塁打、535打点。タイトルに無縁に終わったが、波乱万丈の野球人生は多くの野球ファンに勇気を与えた。その活躍ぶりは多くの野球ファンの脳裏に深く焼きついている。

写真=BBM
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