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7年ぶり都市対抗制覇を狙うENEOSの精神的支柱・渡邉貴美男の挑戦

 

自分のことよりチーム優先


ENEOS・渡邉貴美男は入社10年目。都市対抗優勝を知る元主将は、5年ぶり本戦出場に、安堵の表情を見せていた


 横浜スタジアムの三塁ベンチ前で、31歳のベテランが後輩の前でふと、つぶやいた。

「声で2失点は、防いだな」

 ENEOS・渡邉貴美男(国学院大)のささやきは、三塁カメラ席にも聞こえてきた。

 今年は入社10年目。都市対抗西関東予選(代表決定リーグ戦)の2試合で出番はなかった。とはいえ、5年ぶり50回目の東京ドームへの本大会出場(11月22日開幕)には、欠かせない「戦力」だった。冒頭の「独り言」について確認すると「あれは、決まり文句です。0.5点のときもありますけど、ね」と、人懐っこい笑顔で返してきた。

 自画自賛するまでもなく、チームメートは渡邉の存在感の大きさに、一目を置いている。自らのことよりも、チーム最優先。身を粉にして動くことを、喜んで受け入れてきた精神的支柱である。一発勝負の社会人野球に最も必要と言われる、ハートの強さが持ち味だ。

 ENEOSは昨年まで4年連続で都市対抗出場を逃した。最多11度の優勝を誇る名門は窮地に立たされていた。つまり、部存続の危機に直面する可能性もはらんでいたという。再建を託されたのが、慶大での任期を残しながら、6年ぶりに復帰した大久保秀昭監督だった。

 田澤純一(現・BCL/埼玉武蔵)を擁した2008年、また、12、13年には51年ぶりの都市対抗連覇へ導いた名将。大久保監督が就任した1期目の06年、主将に指名したのが、宮澤健太郎(明大)だった。抜群のリーダーシップで08、12年と都市対抗制覇に大きく貢献。大会連覇を遂げる13年シーズン、主将のバトンが渡されたのが入社3年目の渡邉だった。

 大久保監督は宮澤と同様、渡邉も「男」として全幅の信頼を寄せていた。さかのぼること2010年。指揮官は新入社員の採用活動のため、神宮球場に何度も足を運んでいた。外苑前駅から秩父宮ラグビー場を通過すると、主将・渡邉の試合前ノックの声が耳に届いたという。リーグ戦だからではない。たまプラーザにある国学院大グラウンドでも、その姿勢は不変だった。近い将来、ENEOS野球部を託せるスピリットがあると惚れ込み、ラブコールを送り続け、入社へとこぎつけたのだ。

 渡邉は13年の都市対抗で黒獅子旗を手にし、宮澤の後継者として、期待に応えた。社会人日本代表においても主将を任され、偉大な先輩・宮澤と同じ道を歩んだ。大久保監督は14年限りで退任し、慶大の監督に就任した。

「コーチ兼任選手」として残留


 ENEOSは15年を最後に都市対抗から遠ざかった。名門復活への切り札として再びユニフォームを着るにあたり、大久保監督は渡邉に「もう1年、頑張ろう!!」と声をかけた。入社9年目の昨年、渡邉は左アキレス腱を痛め、十分なパフォーマンスを発揮することができなかった。年齢的にも「覚悟」を決めないといけないタイミングに差しかかっていたのも事実。しかし、大久保監督は「コーチ兼任選手」として、渡邉を残留させた。

 栄光を知るメンバーも少なくなってきた。今年は何が何でも、都市対抗に出場しなければならない。勝つための術を知る渡邉を、すぐ横に置いておきたい指揮官の気持ちも十分、理解できた。渡邉は大久保監督が求める野球像を、若手選手へ浸透させる役割を託された。

「大久保監督が訴えるのは、勝負事の厳しさ。逃げずに、自身を助ける武器を携えないことには、土壇場で力を発揮することはできない。新型コロナの自粛期間中、活動が制約される中でも、コツコツと取り組んできました」

 今年、主将に就任したのは入社2年目の遊撃手・川口凌(法大)だった。春先は大久保監督が掲げる理想には届かず、物足りなかったという。一方、渡邉がショートに入ると、自然とチーム全体が引き締まった。オープン戦の勝率にも如実に出た。しかし、川口も横浜高、法大と名門チームでプレーしてきた野球勘がある。新型コロナウイルスの感染拡大による活動自粛期間を経た6月以降、明らかに変化が見られたという。今季は都市対抗西関東予選まで公式戦がゼロ。オープン戦でも、とにかく白星に執着し、勝負の分け目となる試合終盤の粘りを、チームに徹底させた。

「覚悟量、努力量が違う。たくましくなった。川口は8歳年下ですが、自分が引っ張られた側です」。9月14日から3日間の西関東最終予選は3チームによるリーグ戦で、2チームが本大会へ駒を進める。ENEOSは東芝、三菱パワーに連勝して第1代表で出場権を手にした。三菱パワー戦は、1点リードの8回裏に追いつかれる嫌な流れ。昨年までの4年間は、我慢し切れなかったが、今年は違う。

「若い連中から『相手も必死、そうなるよね』『これからだ。普段とおりやればいい』という声が聞かれたんです。これは、頼もしかった」。大会規定により打ち切りとなる12回表に2点を勝ち越したENEOSが、その裏を抑えて逃げ切った(5対3)。ベンチで控える渡邉の声、的確な指示は大きな勇気になった。

「自分は、予選を突破することだけを考えて、1日1日を過ごしてきました。最後まで我慢して粘れば、何かが起きる、と。(連覇した当時とムードは)近いものがある」

 もちろん、控えに甘んじるつもりはない。

「若いメンバーがつないでくれたチャンス。本戦では、あの輪に入れるように、チームに必要とされる戦力になるべく、調整します」

 いつ、どんな場面でも、チームのために力が発揮できるための準備を、粛々と進めている。東京ドームで成し遂げたいのは、大久保監督と川口主将の胴上げ。7年ぶりの都市対抗制覇を目指す、渡邉の挑戦は続いていく。

文=岡本朋祐 写真=BBM
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