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プロ野球20世紀・不屈の物語

中日ナインの危機を救った広島の助っ人ドクター?/プロ野球20世紀・不屈の物語【1975年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

過激化したファンのカープ愛


広島には75、76年に在籍し計53本塁打を放ったホプキンス


 さまざまな事情により、ナイン以上にファンが過熱してしまうことは少なくない。両チームのナインが騒然となったとしても、その総勢は100人に満たない。これがファンだとゼロの数が2つほど違ってくるから、実に厄介なことになる。創設26年目、悲願の初優勝に向かって突き進んでいた1975年の広島に、唯一の汚点をつけてしまったのもファンだった。

 広島ファンのカープ愛は、もしかしたらナイン以上に強いのかもしれない。この連載でも、創設からの長い苦難については紹介してきた。資金難にあえぐカープを救い続けたのが地元ファンだ。いわゆる“樽募金”だけではない。創設2年目の51年には、隣の山口県に拠点を置いていた大洋(現在のDeNA)との合併が進んでいたが、これを阻止したのも地元ファンだった。県庁に、市役所に、商工会議所に、新聞社に……。ファンが詰めかけ、「カープをつぶすな。我々もできるかぎりのことをする」と涙ながらに訴えた。ただ、カープは開幕前の甲子園球場での大会へ行く汽車賃もなく、歩いていこうとするほど苦しい状態。これも人々のカンパで汽車に乗ることができ、そんな熱意が連盟をも動かして、合併の話が立ち消えになった。

 だが、カープは強くなるのに時間がかかる。70年代に入ると、“遺恨試合”ブーム。75年の広島も、その悪しき流行と無縁ではいられなかった。相手は前年の覇者、中日だ。特に広島市民球場での試合は荒れることが続いた。最初は広島ナインも元気(?)で、4月には投手の宮本幸信が判定を巡って球審に“真空とびヒザ蹴り”を見舞って退場。ルーツ監督も一度、退場を宣告され、すぐに取り消されることがあった。

 騒動が拡大したのは試合が終わってから。中日ナインの乗ったバスを100人ほどのファンが襲撃して、フロントガラスは割られ、タイヤの空気が抜かれた。5月には走塁妨害をめぐる騒動を発端に300人ほどのファンが球場の正面に押しかけ、ナインが球場に閉じ込められている。ただ、経験のない優勝に向かう広島ナインは試合での手加減を知らず、夏場は点滴を受けながら出場するなど、いっぱいいっぱい。トラブルに対応する体力は失われていった。

 一方で、快進撃の広島に声援を送るファンは、まだまだ元気いっぱい。最悪の事態が勃発したのは、9月に入ってからだった。10日の中日戦、もちろん舞台は広島市民球場。中日の先発は星野仙一で、その闘志あふれる投球が仇になる。死球、また死球、またまた死球。球場の空気は目に見えて険悪になっていった。3点ビハインドの広島は9回裏、ようやく星野をとらえて1点差まで追い上げ、代わった鈴木孝政からも主砲の山本浩二が中前打を放つ。だが、これで二走の三村敏之が本塁で憤死。このとき捕手のミットが三村の左ほほを殴るような形となり、乱闘が始まったものの、すぐに収まった。そのまま広島は敗戦。事件は、やはり試合が終わってから起きた。

「僕にとってヒロシマは特別な場所」


 広島が敗れた瞬間、広島ファンがグラウンドに乱入する。ターゲットは中日ナインだ。これに慌てたのが、ついさっきは乱闘の相手だった広島ナイン。特にホプキンスとシェーンは、ペナントレースと同様、まさに“助っ人”として荒れ狂うファンの前に立ちはだかった。2人はベンチ裏に通じる扉の前でファンを食い止めたが、中日は大島康徳ら10人あまりの選手が全治1週間から10日の負傷。その後も2000人を超えるファンが球場の正面に押し寄せるなど混乱が続き、翌11日の同カードは中止、延期となった。

 ユダヤ教徒でもあり、陽気なスイッチヒッターだったシェーンもさることながら、ふだんは紳士的なホプキンスは別人のような形相で、試合ですら見られないほど、顔を紅潮させていた。少年時代、初めて読書感想文を書いたのが『ヒロシマ』という本で、「原爆が落ちた後の写真が、たくさんあった。僕にとってヒロシマは、ずっと特別な場所だった」と語る敬虔なクリスチャン。初優勝に貢献しながらも医師を目指していて、オフには広島大に通って生物学の研究をしているような好漢だった。

 翌76年オフ、シェーンとともに退団して、シカゴにあるラッシュ大の医学部へ進むことになったが、ラッシュ大の校長が日系2世で、日本での活躍も知っていたことで「納得するまで野球をやったらどうか」と勧められ、その翌77年は南海でプレーして帰国。81年に整形外科医を開業した。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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