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日本人メジャーの軌跡

野球留学から急きょメジャー契約をした柏田貴史。メッツ初の日本人選手に/日本人メジャーの軌跡

 

1997年には3人の日本人メジャー・リーガーが誕生している。4月5日にデビューしたエンゼルスの長谷川滋利に続き、5月1日にメジャー初登板を果たしたのが柏田貴史だ。当時巨人に在籍しながら、野球留学という形でメッツのスプリングトレーニングに参加した。左のリリーフが不足しているというチーム事情で、4月3日にはメッツ入りが決まった。

バレンタイン監督の力で


中継ぎ左腕として35試合に登板した柏田


 1989年、熊本・八代工高からドラフト外で巨人入り。94年に一軍初昇格を果たして初勝利も、選手層が厚く一軍に定着することはできなかった。そして97年に野球留学という形でメッツのスプリングトレーニングに参加した。メッツの事情があり、4月3日にはメッツ入り。そこからマイナーでの登板を経て5月1日を迎えたのだった。

 デビュー戦は地元で行われたパドレス戦。0対7とリードされた8回表、3番手で登板した。観衆は1万2344人と、寂しい数字も、打者3人を打ち取り、1回無安打1三振と、上々のスタートを切った。

 柏田のメジャー入りには、メッツの監督を務めていたバレンタインの力があった。「日本野球のレベルの高さを多くの人に知らせたい。とりわけ日本人に知らせたい。超一流の選手でなくても、メジャーでやっていける道がある」との思いを実践した。

 7試合目となった5月18日のロッキーズ戦。7回一死二塁、同点の場面で登板も勝ち越しを許し、8回には本塁打を浴び、2対4となった。ところがその裏、メッツは一挙8得点。メジャー初勝利を手にした。

 その後、好調を続けるも6月以降は失点する場面が増えた。結局このシーズンは、35試合に登板して3勝1敗、防御率4.31。「こちらでは楽しく野球ができる」と充実した日々を過ごしたが、10月にはリリースされた。メジャーの球団から誘いもあったというが、結局1年だけで巨人に戻った。

 それでも、メッツ初の日本人として球団史に名を残した。柏田と契約を交した際、マッキルベインGMは「これから才能探しは地球規模になる。今回の契約はその先駆けとなる」と話していた。メッツにはその後、吉井理人野茂英雄、新庄剛史、松井稼頭央らがプレーすることになる。これまで14人の日本人選手が在籍し、これはメジャーの球団で最多だ。その最初の1人が柏田だった。(文中敬称略)

『週刊ベースボール』2020年10月5日号(9月23日発売)より

文=樋口浩一 写真=Getty Images
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