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プロ野球20世紀・不屈の物語

巨人は落合、中日は立浪……。初の最終戦同率優勝決定試合“10.8”の代償/プロ野球20世紀・不屈の物語【1994年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

シーズン最終戦という要素


3回の守備で左足内転筋を痛めた落合


 80年を超える長いプロ野球の歴史に名勝負は数あれど、その試合の日付で語り継がれるゲームは少ない。ひと言で表現するだけでは物足りないほど、さまざまな物語が凝縮された名勝負は、ひとまず日付で言い表されて、そのまま定着していくものなのかもしれない。そんなゲームの最たるもののひとつが、ちょうど26年前の今日、1994年の“10.8”だ。これに並び立つものが88年の“10.19”で、この試合については、この連載でも最初のほうで紹介している。その悲劇性も魅力になっている“10.19”の一方で、“10.8”の印象は明るい。

 セ・リーグ最終戦で、同率で首位に並んだ巨人中日。もちろん、勝ったほうが優勝だ。巨人の長嶋茂雄監督は、この試合を「国民的行事」と表現。テレビ中継の黄金時代は過去のものになっていたが、視聴率48.8パーセントは歴代でも最高の数字を叩き出した。巨人は、ふだんのペナントレースでは見られない槙原寛己から斎藤雅樹、そして桑田真澄へとバトンをつないだ“先発三本柱”の豪華リレーで試合を大いに盛り上げ、6対3で快勝。胴上げされた長嶋監督は第2期の初優勝で、「竜にまたがり天にも昇る気持ちです」と笑顔を弾ませた。

 ただ、“三本柱”の継投など、優勝を決める試合ということもさることながら、ペナントレースで次の試合がないからこそのものでもあっただろう。巨人も中日も、この試合に総力戦で臨み、両軍ナインも全力を出し切ればいい。試合を終えて、翌日のための体力を残しておく必要はないのだ。これは、いつもなら疲労や故障などのリスクマネジメントも含めた100パーセントの力で戦っている選手たちが、120パーセントの力を出せる環境ということでもあるだろう。実際、そんな男たちの躍動があったからこそ、ファンの脳裏に刻み込まれる名勝負が成立した。だが、見方を変えれば、リスクという“悪魔”にとっては、選手たちに忍び寄るスキの多い最高の環境だったのかもしれない。

 94年10月8日、中日が本拠地のナゴヤ球場に巨人を迎え撃った最終戦。試合は2回表、巨人の先頭打者で四番の落合博満が右翼へソロを放って先制する。さらに巨人は1点を加えたが、その裏には中日も先発の槙原をとらえて4連打で同点に追いついた。巨人も続く3回表、落合の適時打で1点を加えて、中日を突き放しにかかる。だが、その裏。FAで中日から移籍してきて1年目、「長嶋監督を胴上げするために来た」と語っていた落合を“悪魔”が襲う。

 守備で左足の内転筋を痛めた落合は、テーピングを巻いてグラウンドに戻って4回裏を終えたが、「迷惑をかけると思って自分からダメと言った」(落合)と退いた。打撃に期待が集める落合が見せた守備での渾身のプレーは、巨人ナインを奮い立たせる。巨人は4回表に一死から捕手の村田真一、二死から助っ人コトーがソロ、5回表には先頭で三番打者として先発していたプロ2年目の松井秀喜にもソロが飛び出して、リードを4点差に広げた。

初めての一塁ヘッドスライディングで


一塁ヘッドスライディングで左肩を脱臼した立浪


 6回裏に1点を返した中日だったが、回を追うごとに敗色は濃くなっていく。だが、負けられないのは中日も同じ。追いつめられた中日は、“悪魔”にとっては絶好のカモだったのかもしれない。3点ビハインドのまま8回裏を迎えた中日の先頭はプロ7年目のヒットメーカー、三番の立浪和義。マウンドの桑田は、PL学園高の先輩でもあった。立浪の打球は三ゴロ。だが、立浪は野球を始めてから初めてという一塁へのヘッドスライディングで内野安打に。この立浪の捨て身のプレーも、優勝の行方に加え、シーズン最終戦という要素があったからそこだっただろう。これで立浪は左肩を脱臼してベンチに退き、後続は桑田に抑えられて中日は追加点ならず。そのまま巨人が逃げ切って、リーグ優勝を決めた。

 落合も立浪も、悔いはないだろう。胴上げには参加できず、うれしそうに遠くから眺めているだけだった落合だが、西武との日本シリーズで万全の状態ではなかったとはいえ、初めて日本一を経験した。ただ、一方の立浪が払った代償は小さくない。「あの試合は優勝を逃した悔しさと、落合さんと自分のケガ以外ほとんど記憶がないんですよ。それくらい集中していたんだと思います」と振り返る立浪は、その後も活躍を続けて、22年もの長きにわたるキャリアをまっとうしたが、この15年後に引退するまで、このときの肩の痛みが消えることはなかった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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