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FOR REAL - in progress -

会心の勝利に導くリード――戸柱恭孝、プロ5年目の充実/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 あるぞ。いや、まさか。

 3点ビハインドで満塁の好機を迎えたとき、見る者の胸のうちに期待と否定は交錯する。歓喜の種を仕込みながら、落胆のダメージを和らげるべく先手も打つ。

 一本の糸を引き合う2つの心理。

 梶谷隆幸の鋭いスイングが、その糸をぶった切った。

 10月18日、横浜スタジアム、ジャイアンツ戦の7回裏。白球は曇り空を切り裂くかのように飛んだ。

「悔しくて自分に腹が立った」


 怒涛の逆転劇から遡ること2日。同じくジャイアンツ戦で、ベイスターズの選手とファンは甲乙つけがたい勝利の味を噛みしめた。

 先発は井納翔一。ミットを構えたのは戸柱恭孝だ。およそ3カ月ぶりにバッテリーを組んだ。

 井納は直近3試合で計14失点(自責13)を喫して2敗と、苦境に立たされていた。戸柱が明かす。

「試合前のブルペン、井納さんはすごく緊張していて固かった。ぼくは年下ですけど『何でそんなに切羽詰まってるんですか』『ここでやられたら終わりみたいな顔してますよ』と声をかけて、なんとか和らげようと」

 ベンチから井納の投球を見てきた3カ月間、戸柱は考え続けてきた。ここでスライダーを使うとおもしろいんじゃないか。この場面、あえてまっすぐで押したらどうか。観察と思考の蓄積をもとに配球を組み立てた。

 強く意識したのは「偏らないこと」。試合前日から井納とよく話をし、「このバッターにはこの球種は使わない」という考え方はしないこと、すべての球種を満遍なく使う方針を共有した。

「今日はあんまりよくないなという球種もありましたけど、それはボール球で使うようにしたら、その球種が後半はよくなってきました。井納さんは7回までしっかりゼロで抑えてくれた。ナイスピッチングですよね。その手助けが少しでもできたならよかった」


 ただ、打線は井納を援護することができなかった。4回、ベイスターズはノーアウト満塁と先制の絶好機をつくったものの無得点。その場面、打席にいたのが戸柱だった。

 結果は、空振りの三振。観衆のため息を背にベンチに戻った。

「チャンスで三振したい人なんていないです。めちゃくちゃ悔しかったし、自分に腹が立ちました。でも、ベンチに帰って切り替えた。やっぱりキャッチャーなんで……守備に響くとチームの迷惑になるし、ピッチャーにも悪影響が出る。ヘコみますけど、それは出さないように」

決め球は、まっすぐ。


 両軍無得点で迎えた8回、先制点を得たのはジャイアンツだった。しかしその裏、先頭の佐野恵太が初球を振り抜き、同点ソロ。さらに2アウト二塁のチャンスに大和がタイムリーツーベースを放ってベイスターズは逆転に成功する。

 9回のマウンドには三嶋一輝が立った。淡々とアウトを3つ――の青写真は早々に引き裂かれる。イニングの先頭、田中俊太に三塁打を打たれたのだ。

 戸柱が振り返る。

「ノーアウト三塁、点が入る確率はかなり高い。同点は仕方がない、くらいに割り切っていきました」

 今シーズン、クローザーを務めるようになった三嶋の強力な武器がフォークだ。ただ、ときにワンバウンドする落ち球は、同点の走者を三塁に置いた状況では使うのに勇気が要る球でもある。

 それでも、打席の大城卓三をまっすぐ2球で追い込んだのち、戸柱は三嶋にフォークを要求した。捕手として修羅場をくぐってきた経験に基づくサインだった。

「キャッチャーをしているとよくあるんです。使いにくい球種を使わなかったら悪い結果になる。逆に、使いにくい球種を使うとそれが決まることが多い」

 大城は空振り三振。同点やむなしの心情は、ここで「(無失点で)いけるかもしれない」に変わった。

 続く立岡宗一郎からもフォークで空振り三振を奪ったとき、次打者、吉川尚輝への配球はおのずと戸柱の頭に浮かんだという。

「吉川選手は、井納さんと対戦したときの打席(3回)で、ツーストライク後のフォークをセカンドゴロ。強めに捉えた当たりでした。もちろん、前の打者2人を見ているので『決め球はフォークだな』という考えも頭にあるに違いない。であれば、追い込み方にもよりますけど、決め球はまっすぐがいいんじゃないか、と」

 その着想は、追い込む過程で確信に近づいていく。

 吉川は初球のスライダーを一塁側にファウル。戸柱は「タイミングは合っている」と見た。

 2球目は151kmのストレートを三塁側にファウル。「差し込まれている」。すなわち、やはり変化球待ち。

 ここでインコースに直球を投げれば、反応できず、見逃しがとれる可能性が高い。三球勝負で行く――。

 戸柱の攻めのサインに三嶋は迷うことなくうなずき、要求どおりのボールを投げた。

「試合後に話したら、一輝も『2球目のファウルで(打者が)変化球を意識しているのがわかった』と言ってましたね。お互いの思いが一致していたので理想どおりの球が来たんだと思います」


 内角いっぱいへの153kmのストレートは、無傷でミットに吸い込まれた。

盗塁阻止率、向上の理由。


 プロ5年目の今シーズン、103試合を消化したうちの81試合に出場し、59試合でスタメンマスクをかぶった。2018年は出場25試合(先発12試合)、2019年は45試合(先発29試合)。「去年、おととしのことを考えれば今年は充実していると感じる」と戸柱は言う。

 自分なりに評価できる点としては、投手とのコミュニケーションがこれまで以上に密になったことを挙げる。

「チームの順位が上のほうにいないので何とも言えないですけど……いろいろなピッチャーと組む機会が増えて、そのぶん普段のコミュニケーションであったり試合中のやりとりであったり、いろんなことをより話すようになった」

 戸柱は今シーズン、盗塁阻止率を大きく向上させた。昨年は.143に沈んだが今年は現時点で.389(リーグ2位)。これもバッテリー間の相互理解の深まりが寄与していると話す。

「盗塁阻止はピッチャーとの共同作業。『このカウントで走ってくる』とか『このランナーとこのバッターがセットになったときはエンドランを仕掛けてくる』とか、ピッチャーにも毎回しっかり伝えるようにしています。そうすれば、ピッチャーも意識してクイックを速くしたり、ボールを長く持ったりしてくれる。その小さい積み重ねが数字に出ているんじゃないか」

 もちろん、捕手自身の努力も実っている。取り組むべき課題の選定が各選手に委ねられた昨秋の奄美キャンプ、戸柱は盗塁阻止をテーマの一つに掲げ、みっちりと反復練習に勤しんだ。

 ポイントは2つ。捕る位置と、足の使い方だ。

 戸柱によれば「バッティングといっしょで、キャッチングにも捕る位置や手首の角度など、個人個人によってポイントがある」。かつての戸柱は「素早く、力強い球を投げたい」との思いがまさり、自分のポイントでボールを捕ることがおろそかになっていた。だが、それが結果的にキャッチングとスローイングのスムーズなつながりを妨げていることに気づき、「まず自分のポイントで捕ってから投げる」練習を繰り返した。

 足の使い方については、「先に動く」意識を体に沁み込ませた。「捕る前に先に動くイメージ。なおかつ自分のポイントでしっかり捕る」。1つのアウトを取るための、極めて微細な時短の作業の積み重ね。それが、今シーズンの正確なスローイングに結びついている。

若き右腕との二人三脚。


 2020年のシーズンが始まったとき、戸柱の出場ペースは週に2試合程度だった。扇の要をめぐる競争は依然として熾烈だった。

 いまでは、大半のゲームでスタメンマスクを任されている。安定して結果を残し続けてきたことへの評価の表れと見ていいだろう。

 その過程で印象的なのは、若い2人の投手をリードする姿だ。

 一人は、平良拳太郎。前半戦、いっきに頭角を現した25歳を巧みに導いた。戸柱は言う。

「彼は頭もいいし、間違えない。たいていピッチャーが打たれるときというのは、高さとコースの両方を間違えたときですけど、平良の場合は間違えても片方だけ。今年、久々に組ませてもらって『本当にいいピッチャーだな』とあらためて思いました」

 そしてもう一人が、2年目の大貫晋一だ。すでに9勝を挙げ、チームの勝ち頭に躍り出ている26歳は、戸柱とのタッグで8勝をつかんだ。

「(バッテリーを組んだ)最初の2、3試合は、探り探りというか、結果を出さなきゃいけない、打たれたらもうチャンスがないかもしれないという感じで投げていました。でも、ヤマ場を乗り越えてから余裕と自信を持って投げられるようになった。全球種がワンランク、ツーランク上がったと思います。ぼくが言うのもおかしいですけど、本当に成長したな、と」


 梶谷の逆転満塁ホームランが飛び出した18日の試合、戸柱はフル出場を果たした。あの7回、冷静に四球を選んで梶谷に打席を回したのは、ほかならぬ戸柱だ。

 8回には今シーズン初の三塁打で2人の走者を還し、その直後に梶谷が2打席連続ホームランを放って試合を決めた。

「打率が低すぎる」とバッティングを自らの課題に挙げるが、2日前、ノーアウト満塁で三振に終わった悔しさを意地で晴らした。

「残りの試合は少ないですけど、一試合一試合、一球一球に全力を注いで勝つことがチームとしていちばん大事。自分個人としても、準備を怠らず、しっかりやっていきます」

 逆境から這い上がってきた背番号10。会心の勝利を、これからも陰ながら支えていく。



横浜スタジアム開催主催試合(10/30(金)〜11/1(日))対象「みらいチケット」発売概要
https://www.baystars.co.jp/news/2020/10/1016_01.php

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

写真=横浜DeNAベイスターズ
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