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プロ野球20世紀・不屈の物語

優勝と日本シリーズの間で……阪神と中日の日本一を阻んだ? 胴上げと優勝パレードの悪夢/プロ野球20世紀・不屈の物語【1964、74年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

甲子園でファンがナインを胴上げ


1964年、2年ぶりの優勝を決めた阪神(左から村山実、藤本定義監督、ジーン・バッキー


 21世紀にペナントレースを終えてから日本シリーズ進出のチームを決めるスタイルが定着したが、20世紀のほとんどはペナントレースを制したチームが日本シリーズで日本一を争っていた。シーズン勝率1位のチームということは、すなわち優勝チームであり、近年のように“下克上”に遭って、ぬか喜びに終わるファンはいなかった。もちろん、クライマックスシリーズの独特な緊迫感をペナントレースで経験できることは少ない。一方、勝率トップでシーズンを終えた感慨は減った気がする。一長一短だが、ファンの歓喜もトーンを下げているように見える。なにかと荒っぽい時代だったが、かつてはファンの喜びようもすさまじかった。

 ただ、好事魔多し。ナインとファンの喜びが爆発し、それが交錯したことで、日本一へのビハインドとなってしまったことがあった。最初の東京オリンピックがあった1964年は過密スケジュールであり、阪神と南海の在阪チームによる日本シリーズとなったことは紹介したが、その64年の阪神に悪魔が忍び寄る。阪神は9月30日の中日戦ダブルヘッダー第1試合(甲子園)に勝利して優勝が決定。わずか2年ぶりと優勝から遠ざかっていたわけではなかったものの、2位の大洋とは最終的に1ゲーム差というデッドヒートであり、なんといっても本拠地での優勝決定だ。21年ぶりリーグ優勝、2リーグ制で初めての日本一を飾った、いわゆる“猛虎フィーバー”の85年には道頓堀に飛び込んだ阪神ファンだったが、このときは優勝が決まるや否や、グラウンドに飛び込んだ。

 ただ当時は、ファンが優勝の歓喜でグラウンドに乱入するのは風物詩のようなものでもあり、ファンは自らの手でナインを胴上げ。現在では考えられないことだが、乱闘などの殺伐とした場合はともかく、どこか牧歌的な大らかささえ感じる光景でもある。だが、このとき、ちょっとした事故が起きる。

 ナインとファンが入り混じっての歓喜の輪。ターゲット(?)は、メガネをかけた温厚な風貌もあって人気者だった遠井吾郎だった。時には四番にも座った遠井だったが、このとき落としたメガネがファンに踏まれて割れてしまったのだ。たかがメガネ、されどメガネ。南海との日本シリーズ開幕は翌日の10月1日で、遠井は新しいメガネを手に入れるべく奔走したものの、度が合ったメガネが間に合わず。もちろん、鈍足で知られた遠井だから間に合わなかったわけではない。南海の投手陣は右腕のスタンカが軸。左打者の遠井はスタンカ攻略のキーマンでもある。遠井は応急処置で合わないメガネをかけて、日本シリーズに臨んだ。

名古屋の優勝パレードで


1974年、与那嶺要監督の下、優勝を果たした中日


 ミリ単位の誤差が致命的なものになるのがプロ野球だ。遠井はペナントレースの打率.282から、打率.208と急失速してしまう。阪神は3勝4敗と僅差で敗れただけに、もし遠井のメガネが割れていなかったら阪神の日本一もあったかもしれないと思ってしまうアクシデントだ。

 その10年後。ふたたび悪魔はセ・リーグの優勝チームに襲いかかる。74年の中日だ。地元の名古屋でパレードがあったのは、巨人長嶋茂雄が後楽園球場で中日と伝説の引退試合を戦った日。主力は後楽園の試合ではなく、優勝パレードに参加した。だが、捕手の木俣達彦は「日本シリーズの前に優勝パレードしちゃいかんよね。みんな握手しすぎて、投手は日本シリーズ、ダメだった」、剛速球で頭角を現した右腕の鈴木孝政は「俺は車の左側で、左手でやってたけど、右にいた三沢さんは大変でしたね」と振り返っている。

 三沢とは、この74年に2年連続2ケタ11勝を挙げた右腕の三沢淳だ。もちろん、日本シリーズでロッテを破るための重要な戦力だが、パレードでファンと握手し過ぎたことで右手を腫らしてしまったのだ。結局、三沢は日本シリーズでは1勝も挙げられず。中日は2勝4敗で2度目の日本一はならなかった。

 いずれも、タイムマシンを駆って当時の遠井に度の合ったメガネを届け、三沢をパレードで車の左側に座らせない限りは、これだけで日本一に届かなかったかどうかは分からない。だが、ファンが自分のことのように喜びを爆発させることも人情。そんなファンと喜びを分かち合う彼らを止めることはできなそうだ。ちなみに、この64年と74年の間に、巨人は空前絶後のV9を成し遂げている。これも、どこか皮肉な気がする。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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