週刊ベースボールONLINE

平成助っ人賛歌

超人的なスタミナを誇った203センチ右腕ミンチーのワーカーホリック問題とは/平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

 

派手さはないが……


98年、広島の一員となり来日したミンチー


 90年代後半、“若者の野球離れ”がさかんに議論されていた。

 プロ野球は大人と子どもの娯楽で、松井秀喜長嶋茂雄監督とともに中高年向けオヤジ系週刊誌のスターだったし、『小学5年生』のような雑誌ではイチロー古田敦也の特集が組まれたりしていた。だが、その中間層にあたる若者世代に人気なのはサッカーと格闘技である。中田英寿が『MEN’S NON-NO』の表紙を飾り、合コンの席では普通にOLさんが桜庭和志のPRIDEでの戦績について語る風景。友達みんなで集まってテレビで見るのは、プロ野球の日本シリーズではなく、サッカー日本代表の試合だった。

 世の中にインターネットが普及し始めて、ソフトと娯楽の多様化の時代が到来。そういう時代に広島カープへやってきたのが、米国テキサス州出身のネイサン・ミンチーである。身長203センチの球団史上最長身助っ人は、87年にエクスポズのルーキー・リーグ入り。6年後の93年にレッドソックスでメジャー昇格するが、MLB通算成績は15試合で3勝7敗、防御率6.75。移籍先のロッキーズでもチャンスはほとんどもらえない。そうこうする内に、そろそろマイナー・リーグの環境や低年俸もキツくなってくる年齢だ。これまでもいくつかの日本球団から誘いはあったが、ついに98年1月にカープと契約を交わす。契約金なしの年俸40万ドル(約5200万円)プラス出来高、28歳での来日だった。

 ミンチーは球速140キロ前後と決して速くなかったが、直球は打者の手元で微妙に動き、大きなカーブにチェンジアップ、決め球のシンカーと多彩な変化球を持ち、何よりコーナーを丹念に突く制球力には定評があった。いわば典型的な日本向きの投手である。初めてのキャンプ中、日本語を少しずつマスターして、簡単な挨拶や「ドウイタシマシテ」まで使いこなし周囲を驚かせるジャイアント・ミンチー。ノートパソコン片手にホテル内を徘徊する姿が度々目撃されたが、Eメールで母国の家族と連絡をとるためだという。昭和の助っ人のように異国の地でホームシックにかかり国際電話をかけまくるのではなく、手軽に子どもたちと文字や画像でやり取り。同年、ヤクルトに入団したライル・ムートンの趣味もパソコンで、母国の家族に向けてキーボードを打っている時間が一番落ち着くという。ちなみに竹野内豊や田中美里が出演した、インターネットとメールがテーマのフジテレビドラマ『WITH LOVE』が放送されたのも98年4月である。

 背番号43の大型右腕は1年目の開幕2戦目に先発すると、9回139球を投げて2失点の熱投。9回表二死満塁の痛恨の暴投で負け投手になったものの、川端順投手コーチは「打者が狙い球を絞りにくいようだ。これは、いけるぞ」と絶賛。三村敏之監督も「シーズンを考えると、ミンチーにメドが立ったことが大きいよ」なんて早くもベンチの信頼を得る。序盤からローテの柱として起用され、5月24日の巨人戦(東京ドーム)、三村監督通算300勝となった記念ゲームで勝ち投手になったのもミンチーだった。開幕2戦で8打数6安打と爆発も故障で横浜のマシンガン打線に入り損ねた“ハリケーン”ホセ・マラベのような派手さも、日本ハムエリック・シュールストロムのような名前のインパクトもないが、ただひたすら、ミンチーは投げた。

投球回はダントツの1位


01年からはロッテへ。長身から投げ下ろす球が武器だった


 テンポもコントロールもよく、低めに集めてゴロの山を築く。秘密兵器は“ミンチー・ノート”と呼ばれるデータが書き込まれた自作のメモ帳。レッドソックス時代から始めたそのノートには、対戦打者ごとに配球と結果、さらに対策などがメモされていた。試合で登板するごとに、なぜ打たれたか反省や改善点を記入して、次回登板前に必ず見直す。まるでヤリ手営業マンのように、野球に対して真面目であり、貪欲だった。中6日より中4日の先発を好み、とにかく投げて投げて投げまくる。最多勝争いにも顔を出した1年目は35試合に先発して15勝11敗、防御率2.75。チーム防御率リーグ最下位で5位に沈んだチームにおいてひとり気を吐いたが、特筆すべきはその無尽蔵のスタミナだ。236投球回は両リーグを通じてダントツの1位である。

 ただ、さすがに投げ過ぎが影響したのか、開幕投手を務めた翌99年は故障もありわずか2勝。2000年はリーグ最多の31試合に先発して12勝を挙げたが、1億円を超える新年俸もネックとなり、01年からパ・リーグのロッテへ移籍。当時のロッテはBクラスの常連だったが、ここでもミンチーは30試合で12勝14敗と負け越しながらも、204回3分の1を投げ、防御率3.26で最優秀防御率のタイトルを獲得。02年には15勝14敗、防御率2.85。230回3分の1はリーグ2位の西口文也西武)の182回を大きく上回り、12球団ぶっちぎりのトップだった。自チームのエース黒木知宏や、平成の怪物・松坂大輔(西武)をも凌駕するスタミナモンスターぶりである。

「日本では試合間隔があいて、中6日になったり、時には中7日になることもある。それからまた中4日に戻ったりすると、なかなか自分のコンディションを整えるのが大変なんだ。できれば、ずっと中4日で投げたいと思っているよ」

『週刊ベースボール』03年9月22日号のミンチー独占インタビューでは、とにかくもっと投げさせてくれアピールをかまし、日本生活も気に入っているとご機嫌に語る。

「楽しんでいるよ。野球以外でも、家族と一緒に東京に遊びに行ったり、観光もするので、エンジョイしているよ。だから6年も滞在できるんだろうね。そういうふうに楽しめない外国人選手は、野球にも影響して、いい成績を残せずに帰国することが多いよ」

バレンタイン監督と衝突


ロッテ移籍後も3年連続で2ケタ勝利を挙げたが……


 しかし、だ。ほかの先発投手がすべて中4日で投げられるわけじゃない。かといってひとり特別扱いするとローテのやりくりが難しくなる。もっと投げたいミンチーと、登板間隔をあけたい首脳陣という通常のサボりたがる助っ人とは真逆、浅草観光中のダン・ミセリもびっくりのワーカーホリック問題が浮上してしまう。マリンスタジアムのロッテリアで“ミンチー勝つバーガー”(メンチカツバーガー)が発売された04年は、バレンタイン監督と起用法でぶつかり、夏場に右ヒジの遊離軟骨除去手術を受けたこともありオフに退団。新球団の楽天が獲得へという報道もあったが、2億5000万円の高額年俸と35歳の年齢が不安視され実現ならず。ミンチーはそのまま現役を引退した。

 通算74勝70敗、防御率3.64。積み重ねた1201.1投球回。5度の2ケタ勝利に3度の開幕投手。外国人投手では史上初めての両リーグ2ケタ勝利に、外国人投手2人目の両リーグ完封勝利という偉業を打ち立てた長身右腕だが、意外なことに広島では3年連続5位、ロッテでも5位から始まり3年連続4位と7年間で一度もAクラスを経験していない。20世紀の終わりから21世紀初頭にかけて、当時の球界の弱小チームを浮上させようと、ひとり投げまくった印象が強い助っ人史上屈指のタフな投手でもあった。

「将来のプランは野球のスカウトか、コーチをやってみたいと思ってる。でも、プロのコーチとなるとマイナー・リーグから始めないといけない。アメリカのマイナーは移動距離が長いので、年を取ったら大変だから、やめておいたほうがいいかな」なんつって笑う週ベインタビューの言葉どおりに、引退後のミンチーは巨人の駐米スカウトを務めている。

文=プロ野球死亡遊戯(中溝康隆) 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング