週刊ベースボールONLINE

HOT TOPIC

野村克也氏がつぶやいた短期決戦を勝つ鉄則 「山と川があるんや。分かるか?」

 

緻密なデータによる戦略だけでは勝てない


短期決戦である日本シリーズを幾度も勝ち抜いたヤクルト・野村監督


 新型コロナウイルスの流行で揺れたプロ野球は、レギュラーシーズンを終え、いよいよ大詰めを迎える。クライマックスステージ(CS)を開催しないセ・リーグは、巨人が2年連続38度目の優勝で、一足先に日本シリーズ進出を決定。パ・リーグは3年ぶり制覇を果たしたソフトバンクと、4年ぶりのCSを戦うロッテが日本シリーズへの出場権を懸けてぶつかる。一戦必勝の試合で大事なのは、緻密なデータによる戦略。だが、それだけでは勝つことはできない。

 知力を振り絞り、緊張感ある駆け引きがあふれる短期決戦は名勝負を生む。四半世紀の時を超え、今も語り継がれているのが、1992年と翌93年に行われた野村克也監督が率いたヤクルトと森祇晶監督が指揮を執った西武との日本シリーズだ。個性あふれる「名将」と「知将」が勝負の妙を見せつけ、含蓄のある「ぼやき」と「愚痴」がシリーズを盛り上げた。野球の醍醐味が濃縮された日本一への死闘は、誰もが熱狂させられた。

 前年の92年シリーズに4勝3敗で森西武に敗れたヤクルトの野村監督は、雪辱に燃えていた。直前練習を見ながらベンチに腰掛けると、いつものように担当記者を周りにはべらせながらつぶやいた。

「日本シリーズには山と川があるんや。分かるか?」――。

 勝敗の明暗を分けるここ一番の勝負どころが「山」なら、チームを勢いづけるための流れを持つのが「川」。ペナントレースのような長丁場なら取り返すための猶予はあるが、短期間のポストシーズンではそうもいかない。数少ないチャンスを物にして、確実に主導権を引き寄せなければ敗戦になだれ込む。野村監督は、「山と川を制することが短期決戦を制するための鉄則」と強調し、その考えは晩年までずっと変わらなかった。

 相手の長所と弱点に対する攻略法を事前に研究し、勝敗を分ける「山」を見極めるのは基本であり大事な作業だ。ID(データ重視)野球を得意とした野村監督は、95年のオリックスとの日本シリーズでイチローへのインハイ攻めを徹底。希代の天才打者を勝負どころで抑え込み、日本一へ導いたのは有名なエピソードとなっている。

 一方、シリーズの「川」を観察し、流れを一気に引き込んでチームを勝利に導くことができるかどうかが、短期決戦では重要となる。否が応でも気運が高まる短期決戦では、キーマンとなる選手が出がちだ。いかにその気配を先んじて察知できるか。自軍ならチームが波に乗るための采配に特化すればいいし、相手チームならその芽を摘めばいい。例えばヤクルトの古田敦也、西武の工藤公康らは、短期接戦を戦いながら流れを察知する能力に長けていた。五感を働かせ、相手打者のボールへの反応や守備のタイミング、走塁の具合――など、実際にグラウンドに立つ選手だからこそ分かるポイントを見極め、生き物であるシリーズでの戦術を練るベンチにフィードバック。シリーズの流れを引き寄せる突破口を演出した。

寝た子を起こしてはいけない


1989年の日本シリーズ、巨人は3連敗から4連勝と大逆転で近鉄を下して日本一になった


 巨人で2年連続の三冠王など大打者として球史に名を残し、巨人とダイエー(後にソフトバンク)の監督を務めた王貞治は、ソフトバンクの監督時代に“ある話題”をふった記者をやんわりとたしなめたことがある。

 その前日、ソフトバンクは楽天田中将大に敗戦を喫していた。記者は「田中はソフトバンク戦だと燃えるらしい。特に相手が松中(信彦)だとスイッチが入り、気合が入ると言っていた」と発言。球界を代表するエースとして急成長する投手に苦戦していた自軍の主砲を絡めた話題に、当時の王監督が鋭く反応した。

「田中本人が本当に言ったのか、マスコミの誘導でそんな内容になったのかは分からない。でも、そのような話をすると、選手は『なめるな。次からは容赦しない』と発奮する。プロは相手を怒らせちゃ、絶対にダメなんだ」。すごみのある王監督の様子に、周囲が緊迫するひと幕があった。

 藤田元司監督が率いる巨人は、89年に仰木彬監督時代の近鉄と日本シリーズで対戦した。「巨人が圧倒的有利」という下馬評とは裏腹に、第3戦まで近鉄に3連敗。ここで、ヒーローインタビューに立った近鉄の加藤哲郎が放った「巨人はロッテより弱い」という内容のコメントに巨人側が色めき立った。

 当時の加藤は巨人を見下す意図はまったくなく、言葉は誇張されて伝わったとされている。しかし、怒りに震えた巨人ナインが奮い立ったのは間違いない。第4戦で香田勲男が完封勝利を挙げると、4連勝でシリーズを逆転制覇。死ぬか生きるかの勝負ごとでは、ちょっとした言動が決定的な分岐点となることもある。寝た子を起こしてはいけない。止められないような勢いを相手に与えないというのも、短期決戦後に笑うための鉄則となる。

 今年、パのCS、日本シリーズで勝利を手にできるのはどのチームか。生前の野村監督は、よく「選手を一番成長させるのが短期決戦」と語った。相手の地力を封じ込め、逆に自分たちがプラスアルファの力を出せるチームこそが、勝利の女神を味方につけることができる。

写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング