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プロ野球20世紀・不屈の物語

「俺って、いい野球やってるな(笑)」……加藤博一の“秘芸”/プロ野球20世紀・不屈の物語【1985年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

座談会でも快走?


大洋の“スーパーカー・トリオ”(左から屋鋪、加藤、高木)


 1985年のセ・リーグ。それまで低迷が続いていた大洋(現在のDeNA)の野球が一変した。開幕戦から、一番から三番まで韋駄天が並ぶ。そして1回表、いきなり重盗。このとき、本塁へと突入したのが二番の加藤博一だった。テスト入団の西鉄、太平洋ではクビ寸前、移籍した阪神巨人江川卓からプロ初本塁打を放つなど“江川キラー”としてブレークしたものの、ひょうきんなキャラクターが買われてオフにはテレビから引っ張りダコになったことで(?)失速、大洋へ移籍して3年目を迎えた冒頭の場面までは紹介している。ただ、このときは山倉和博の好ブロックに阻まれたこともあって、ほとんどのファンは大洋の野球が一新されたことに気づいていなかっただろう。そのキャラクターが光る加藤だが、野球においては“職人肌”の選手だった。

 一番は高木豊、三番が屋鋪要。この2人の間に加藤を挟んで、就任したばかりの近藤貞雄監督は“スポーツカー・トリオ”と名づけて売り出した。この愛称は“スーパーカー・トリオ”に転じて定着。“活動期間”は2年に満たないが、35年を経た今も語り継がれる男たちだ。97年の『ベースボールマガジン』で、3人に往時を振り返ってもらった座談会がある。グラウンドでも異彩を放った3人だが、この座談会も異色。とにかく「(笑)」の数が多く、いかに盛り上がっていたかが見て取れるものだ。

 その冒頭から駆け足で追いかける。「打順も3人の特徴を生かしてもらえたしね。出塁率の豊、勝負強さの屋鋪。三番に起用してもらって、屋鋪は大きく野球を捉えられるようになってプラスになったと思う」(加藤)と、足と守備だけの選手というイメージがあった屋鋪が三番で起用されて新境地を開いた話から、「3人だけのサインはありましたよね」(高木)、「自分ら3人で動いて点が入った喜びは大きかったね」(加藤)、「でも僕が時々(盗塁の)途中で止まったりするんです」(高木)、「それが困るからサイン作ったんや!」(加藤)などなど、丁々発止。

 加藤は止まらない。「豊がヒット打ってアウト、自分がセンター前で出て盗塁してアウト、屋鋪がレフト前で盗塁してアウトで“三者凡退”。さすがに監督カンカンで、『お前ら耕運機か!』って(笑)。そのあと3人して出塁してさ、無死満塁で“スーパーカー”が走れなくて、田代(富雄)が三振、レオンがゲッツー。今度はレオンと田代が、むっちゃ怒られてたよね(笑)」(加藤)。それでも話題は、3人の盗塁タイプなど、しだいに盗塁の技術のへと推移していくのだが、その中に、加藤の「俺って、いい野球やってるな、って実感したね(笑)」という発言がある。この座談会で加藤は、かつては“企業秘密”だった秘芸を、雄弁に語っていた。

48盗塁&39犠打


 議題(?)は投手のクセ。万能タイプだった高木、球界きっての脚力で加速していった屋鋪の一方で、球場に早く入ってビデオにかじりついて研究していたのがベテランの加藤だった。「自分で気づいた(投手の)クセや感覚って個人個人で違う」(加藤)と語りながらも、“連結車”として機能した二番打者ならではの言葉を続けている。「(投手の)クセだけじゃなく、キャッチャーのサインも読むの。でも、それに気づかないフリして、右足に一度、体重をかけてから、わざとらしく戻るのよ。そうすると、次の球は(投手は)まず外すから、カウントがよくなって、バッター(屋鋪)は打ちやすくなる。それでヒットが出たりすると、『俺って、いい野球やってるな』、って実感したね(笑)」(加藤)。

 ファンは、3人が塁間を駆け回る姿に沸き、なにか起きるかもしれないという期待に胸をふくらませた。そんな爽快感には職人技が秘められていたのだ。まだまだ座談会は続き、技術論も深まっていくのだが、とても書き切れない。

 数字を振り返る。のちに「足がスランプのときは加藤さんがフォローしてくれた」と回顧する高木は42盗塁、自己最多の105得点。「加藤さんにはプロの技を見せてもらった」と感謝する屋鋪はリーグ2位の58盗塁に加え、自己最多の78打点をマークしている。そして加藤は、自己最多の48盗塁。さらにリーグ最多、自己最多の39犠打も決めて、一般的な(?)二番打者にイメージされる仕事もこなしている。打率.280と3割には届いていないが、得点圏打率.375も白眉。加藤博一、まさに苦節の16年で築いた集大成だった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM、Getty Images
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