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プロ野球20世紀・不屈の物語

中畑清、“絶好調男”に変身!「給料が倍になっても江川さんに届かないわね」/プロ野球20世紀・不屈の物語【1976〜89年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

調子は「まあまあです」?


巨人の“絶好調男”中畑


 巨人ひと筋14年、中畑清の現役ラストシーンは1989年、近鉄との日本シリーズ第7戦(藤井寺)だった。21世紀のプロ野球であれば、華々しい引退試合で送られるような選手。だが、この試合は日本一を懸けて雌雄を決する、まさに頂上決戦であり、しかも3連敗を喫した第3戦(東京ドーム)の後に近鉄の加藤哲郎による“舌禍事件”もあって、巨人は絶対に負けることができない試合でもあった。

 その6回表に代打で登場すると、球場の雰囲気が一変する。巨人ファンが中畑に惜別の声援を送るのは当然のこと。ただ、このときは近鉄のファンも中畑の登場に歓声を上げた。前年も、あと1歩、いや半歩でリーグ優勝に届かなかった、いわゆる“10.19”の苦杯から雪辱を果たし、これまで経験したことのない日本一まで、あと1勝という近鉄。巨人ファンも負けられない試合だっただろうが、それ以上に、近鉄ファンにとっては長年の悲願が懸かった試合だったはずだ。

 たとえ引退する男のラストシーンであっても、敵である中畑に声援を送っている光景は、奇妙でもあったが、見方を変えれば、別格の人気者だった中畑らしい情景でもあった。そして、中畑は左中間スタンドに飛び込むソロを放ち、喜びを爆発させる。5点ビハインドの場面で中畑を迎えた近鉄に、手心を加えるような余裕はなかったはずだ。頂上決戦における劇的なフィナーレ。“絶好調男”の面目躍如だった。

 ただ、プロ入り当初から“絶好調男”だったわけではない。この中畑のラストシーンを、もちろん当時の『週刊ベースボール』は振り返っているが、その視線は若き日の中畑にもさかのぼっている。愛妻家としても知られていた中畑。雌伏の時期を過ごしていた若者の苦節が染みてくる一節があるので紹介してみたい。“怪物”江川卓の一挙手一投足が騒がれていた79年オフの出来事だろう。巨人の歴史が変わり始めた1年でもあったが、この79年は中畑にとっても転機だった。

「10年前のいまごろだった。江川卓の入団で大騒ぎになっていた年(79年)だ。中畑家で2人(中畑と夫人)に話を聞いた。妻『給料が倍になっても、江川さんの800万円には届かないわね』夫『そんなこと言っても、しょうがあんメエ』。このハチャメチャに明るいだけが取り柄の若者の前途は、楽観できなかった」

「愛のパワーだね」


89年の日本シリーズ第7戦、現役最終打席で本塁打を放った


 78年オフにクラウン(79年から西武)への移籍が決まりかけていた中畑だったが、日米野球で2ランを放って、「試合前にコンタクトをなくしちゃって、急遽かあちゃん(夫人)に新品を持ってきてもらった。それをつけたら、いつも以上に球が見えてね。愛のパワーだね」(中畑)と、首の皮一枚がつながる。そして迎えた79年に三塁の定位置をつかみ、12本塁打を放ったものの、規定打席には届かず。まだ、不動のレギュラーというわけではなかった。このころ、あこがれの人でもあった長嶋茂雄監督から調子を聞かれて「まあまあです」と応えた中畑。それを聞いた土井正三コーチが、「そんなんじゃ使ってもらえないぞ。いつも元気よく、絶好調です、と応えろ」と叱咤する。以降、「絶好調!」が中畑の口癖となった。

 79年オフには地獄と形容された伊東キャンプのメンバーに抜擢され、翌80年に初めて規定打席に到達。そのオフに長嶋監督は事実上の解任となったが、続く81年は長嶋と同じ“四番・サード”としてスタートした。だが、開幕1カ月で故障離脱。中畑の抜けた三塁には新人の原辰徳、原が守っていた二塁には篠塚利夫が入り、ともに好調を維持したことで、復帰した中畑は一塁に回ることになる。原の入団が決まったときには頑なに三塁の定位置を死守する構えを見せていた中畑だったが、「悔しいけど、俺がケガしたから、すべてうまく回ったんだね」と前を向いて、翌82年から一塁手として7年連続ゴールデン・グラブ(85年までの名称はダイヤモンド・グラブ)。三塁手に返り咲いたのがラストイヤーの89年だった。だが、またも故障で出場機会が激減する。それでもベンチから声を出し、優勝を争うナインを励まし続けた。

 日本シリーズ第7戦で万感の一発を放つと、何度も飛び跳ねながら笑顔でダイヤモンドを回った中畑だったが、ベンチ裏に駆け込むや否や、男泣き。スタンドで中畑のラストシーンを見守っていた夫人も両手で顔をおおっていた。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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