週刊ベースボールONLINE

プロ野球20世紀・不屈の物語

「江川は速かったが、自分より速いと認めたことはない」中日の速球王、ラストイヤーの屈辱と矜持/プロ野球20世紀・不屈の物語【1973〜89年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

史上“最速”の男


入団4年目、若かりしころの鈴木


 プロ野球の歴史で“最速”の投手は誰か。投手の快速球は魅力的であり、時空を超えてスピードを競わせるのだから、この話題はファンにとって魅力的なものに違いない。歴史が長くなればなるほど、さまざまな要素が変わってくる。よって、誰か1人を“最速”とすることは客観的ではないのかもしれないが、あくまでファンの主観的なこと。それぞれが思い入れのある1人の投手に、夢の中で全盛期の快速球を投げてもらう。これもプロ野球の楽しみ方に違いない。

 近年はスピードガンによって、ある意味では無機質に“最速”が決まってしまうが、“最速”の投手が議論になるのは、スピードガンがなかった時代が長かったということもさることながら、“最速”はスピードガンの数字だけで決まるものではない、という認識があるということ。これはファンだけでなく、対戦した打者たちも証言している。

 これを投票で決めるとして、得票数が多くなりそうなのが、まずは巨人沢村栄治。プロ野球の創設よりも前から活躍している大エースだ。時代が流れ、沢村の後輩となる江川卓も有力候補だろう。ただ、江川の場合はプロではなく、高校時代の投球が“最速”と言われることも少なくない。そんな江川に対して、「確かに速かったが、自分より速いと認めたことはない」と言い切るのは、中日鈴木孝政。この鈴木も高校時代から速かった。もちろんプロでも速球派。巨人の長嶋茂雄監督は、当時やはり快速球で鳴らしていた阪急の山口高志と比較して、「山口より速球は上だね」と語っている。ちなみに、のちに長嶋の長男でヤクルト時代の長嶋一茂とも対戦していて、長嶋親子と対戦した唯一の投手でもある。

 ドラフト1位で1973年に入団。翌74年6月に一軍へ昇格すると、リリーフを中心に快速球でリーグ優勝に貢献した。しなやかなフォームから浮き上がるような軌道を描く快速球。打者の体感は160キロを超えていたという。その翌75年には最多セーブ、セーブポイントで最優秀救援投手が表彰されるようになった76年からは2年連続で戴冠して、76年には防御率2.98で最優秀防御率にも輝き、77年にはチームの先輩でもある星野仙一広島高橋里志らと最多勝も争った。

 79年からはヒジ痛に苦しみ、Vイヤーの82年にリリーフ失格とされると、技巧派に転じて84年に16勝でカムバック賞。この鈴木が活躍した時期の中日には星野や、スピードガン導入の時期に頭角を現した同じく速球派の“スピードガンの申し子”小松辰夫もいて、3人そろって先発でも救援でも活躍したこともあり、誰が中日のエースだったか、という議論もファンの間で過熱しそうだが、鈴木を熱く推す向きもいることだろう。中日のエースナンバー20は星野から小松へと継承されたが、それに匹敵する存在だったことも確かだ。

 鈴木はカムバック賞の84年を最後に2ケタ勝利から遠ざかったが、33歳、プロ15年目となる87年まで規定投球回に到達している。88年は星野監督の下、中日はリーグ優勝を飾ったが、鈴木の投球回は激減。そして翌89年、シーズンの幕が開けると、中日の屋台骨となってきた鈴木の姿は、まさかの場所にあった。

浴びせられたヤジ


 鈴木の役割は“開幕投手”。ただ、一軍ではなく、二軍だった。実績も申し分ないプロ17年目の功労者。今風にいえば、レジェンドだ。そんな鈴木に与えられた屈辱のマウンドに、ファンからは容赦ないヤジが浴びせられた。確かに、若い日の快速球も失われ、円熟味を増した投球術を支えるフィジカルも残っていなかったかもしれない。それでも、エースの、そしてプロの矜持は揺るがなかった。

「ヤジられたけど、照れずに必死に投げた。見てた人は、これがプロだと思ってくれたはず」(鈴木)

 その後、一軍に昇格。そこで星野監督から「もう、どんなことがあっても(二軍に)落とさん」と言われたとき、「これで終わりだ」と思ったという。最終的には24試合、61イニングに投げて防御率4.72。3勝4敗0セーブだが、2セーブポイントをマークしている。そして10月7日に会見を開いて、引退を発表。

「相手(打者)はごまかせても、ボールはごまかせませんでした」

 目を真っ赤にしながら、こう語った。ラストイヤーの思い出として挙げたのは二軍の開幕戦。引退してからも、“開幕投手”として投げたことが誇りだという。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング