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一軍出場なしで戦力外の危機も…「代打の神様」で復活した強打者は

 

右の長距離砲として活躍も


「代打の神様」としてファンから絶大な支持を受けた八木


 4打席立てるスタメンの選手と違い、1打席で勝負する代打は独特の難しさがある。スタメンで活躍してきた選手も代打に回ると対応に苦しむケースが少なくない。打撃技術でなく、初球から振りに行く思い切りの良さ、何より精神的な強さが求められる。いつ来るか分からない出番に備えて心身を整え、結果を出すことは至難の業だ。代打の切り札として活躍した選手たちがいる中、その代表格が「代表の神様」と呼ばれた元阪神八木裕だ。

 八木は岡山東商高で攻守走3拍子そろった内野手として頭角を現す。3年時はアンダースローで控え投手を務めることもあった。甲子園出場はならず、社会人・三菱自動車水島を経て阪神にドラフト3位で入団。広い甲子園で美しい放物線のアーチを連発するパンチ力が評価され、89年にレギュラーに定着。16本塁打を放つと、翌90年は自己最多の28本塁打をマーク。同年から3年連続20本塁打と右の長距離砲として活躍した。

 ところが、その後は度重なる故障や新庄剛志亀山努など若手の台頭で出場機会が減っていく。96年は一軍出場なしに。戦力外の危機だったが、吉田義男新監督の進言で残留することができた。

 プロの世界で生き抜くために与えられた役割は代打だった。八木は鮮やかに復活する。97年は代打で42打数17安打、打率.405、出塁率.500、16打点と驚異的な数字を残す。翌98年も一時は代打での打率が5割を超えた。勝負を決する場面で劇的な一打が多かったことから、吉田監督から「代打の神様」と賛辞されるほどだった。

 八木は現役引退後に週刊ベースボールの取材で、「現役後半はほとんど代打でしたが、たまにあるスタメンはありがたかったですよ。代打が続くと、調子を維持したり上げたりするのが難しいんです。たまにスタメンで出て、たくさん打席に立って、生きた球をたくさん見られたほうがいい。それが4試合、5試合と続くと、疲れて打てなくなるんですけどね」と苦笑いで振り返っている。

92年、八木が27歳のときの1枚。左上の八木から時計回りにパチョレック久慈照嘉、亀山務、和田豊


 03年は勝負強い打撃を買われて一塁で20試合先発起用され、12試合で四番を務めるなど、代打以外でも活躍。現役生活17年目で初のリーグ優勝に貢献した。

「優勝した2003年には(6月3日の中日戦)岡山・倉敷でスタメン起用してもらい、4安打5打点という試合がありました。アリアスが急性腸炎になって、試合前練習のときに『四番スタメン』を言われたんです。地元ですし気合は入りましたけど、まさか4本も打てるとはね。優勝したシーズンに思い出に残る試合があって良かったです」

 翌04年限りで現役引退。10月10日の巨人戦(甲子園)が引退試合となり、8回に代打で出場すると右前にはじき返す安打で有終の美を飾った。引退セレモニーで、「バッターボックスに立つことはもうありません」と声を詰まらせて、観客の涙を誘った。

 阪神一筋18年間の通算成績は1368試合出場、打率.247、126本塁打、479打点。代打での通算成績は400打数94安打、打率.235、13本塁打、98打点。数字以上に与えたインパクトは強い。阪神ファンだけでなく、他球団のファンも認める「代打の神様」だ。

写真=BBM

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