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プロ野球20世紀・不屈の物語

暴れん坊でロマンチスト……。大杉勝男がファンに託した最後の夢/プロ野球20世紀・不屈の物語【1965〜84年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

長距離砲を生んだ恩師の名言


東映時代の大杉。3年目の67年からレギュラーに定着した


 気は優しくて力持ち。弱きを助けて強きを挫く人よりも、強きに媚びて弱きを虐げる人が多いのは今も昔も変わらないが、20世紀、それも昭和の昔は、情の深い反骨の男には今よりも確固たる地位があった気がする。これは印象だが、東映からヤクルトにかけて通算486本塁打を残した大杉勝男が、そんな男だったことは間違いないだろう。

 武勇伝は数え切れない。長いプロ野球の歴史で“ケンカ最強”を争う企画では、おおかた大杉が王座に輝く。暴れん坊ぞろいの東映でも豪傑ぶりは群を抜いていて、西鉄(現在の西武)のボレスとクロスプレーをめぐって押し問答になったときには、コワモテのボレスに右フック(右ストレートという説もあり)で“瞬殺”。それでも退場にならなかったのは大杉のパンチが速すぎて審判が見えなかったからだという。球速150キロの投球をストライク、ボールに見分けられる審判がパンチを「速過ぎる」というのは、にわかには信じがたいのだが、そんな“判定”にも大杉のキャラクターが影響していたのかもしれない。

 豪傑ながら飛行機が苦手で、「自分にもしものことがあったら家族が困る」ということでもあったが、遠征ではフロントに電車での移動を懇願したこともあったという。家族への思いも球界きって。父と兄を相次いで亡くしたともあり、プロ入りしたのも女手ひとつで育ててくれた母親を「早く楽にさせてあげたい」からで、ヤクルト時代には日本シリーズが終わるや否や日本一の祝勝会には目もくれず、妻子が待つ自宅へ帰っていった。だからといってファンを粗末にする男ではなかった。サービス精神は誰よりも旺盛で、本塁打を放てばファンに向かって投げキッス。いかつい顔を、まさに破顔でスキップしながらダイヤモンドを回ったこともあった。お茶目な逸話も数え切れないのだ。

 そんな腕っぷし抜群の大杉だが、東映でのプロ1年目、1965年は60試合の出場で1本塁打のみ。翌66年には101試合で8本塁打と、のちの長距離砲の片鱗は見えない。飯島滋弥コーチとの二人三脚が始まったのは、その翌67年からだ。ある後楽園球場のナイター。左中間スタンドの上空に月が浮かんでいた。打席に向かおうとしていた大杉に飯島コーチが駆け寄り、月を指さして「あの月に向かって打ちなさい」と、ひと言。和歌の世界では古くから題材となっている存在でもある月。そんなロマンチックな飯島コーチのアドバイスは、それまで力が入り過ぎてスイングが縮こまっていた大杉の心に深く染み入っていく。

 大杉は67年に27本塁打を放つと、その後は本塁打の量産体制に入った。「月に向かって打て!」……この飯島コーチの言葉が、2020年の時点でプロ野球9位の本塁打数を誇る長距離砲を生んだのだから、85年にわたる球史で随一の名言だ。ただ、もし時代が平成で、後楽園球場が東京ドームだったら、大杉は芽が出ないままだったかもしれない。月のように静かに輝く昭和の逸話だ。

恩師に負けない名言


75年からヤクルトへ。9年間で199本塁打を放った


 東映が日本ハムとなると、大杉は1年でヤクルトへ移籍。東映カラーの払拭のため、形はトレードだったが、事実上の放出だった。新天地では巨人王貞治を育てた荒川博監督に師事、ダウンスイングを指導されたが、低迷。引退を考えるほど追いつめられたが、こだわっていた連続出場を890試合でストップさせられると、反骨の血が騒いで「俺の打法と合わない。もうやめた」と再び「月に向かって」打つように。年齢もあって量産ペースこそ落としたものの、長距離砲としての迫力は変わらなかった。

 78年の阪急との日本シリーズでは、第7戦(後楽園)で自身の本塁打をめぐって阪急の上田利治監督がファウルだと1時間19分もの猛抗議。次の打席で「腹が立った。もう1本、打ってやる」と正真正銘、誰からも文句を言われない本塁打を放っている。

 反骨心も茶目っ気も最後まで健在だった。そんな大杉に病魔が忍び寄る。プロ19年目の83年オフに引退を決意。ヤクルトでは通算199本塁打だった。翌84年のオープン戦での引退セレモニーで、大杉も恩師に負けない名言を残す。

「最後に、わがままなお願いですが、あと1本に迫っていた両リーグ200本塁打。この1本を、ファンの皆様の夢の中で打たせてやってくだされば、これにすぐる喜びはありません」

 プロ野球の長い歴史で、無数の快挙が達成されてきた。それをファンの夢の中で成し遂げたのは、大杉だけだろう。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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