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“センバツ21世紀枠候補”三島南高野球部員が“真のヒーロー”になる日

 

野球競技者人口増へ地道な活動


コロナ禍でも行われた幼稚園児との野球交流会の様子


 野球競技者人口が減少している、と言われてだいぶ長い時間が経った。プロ野球だけ見れば2019年までの観客動員数は右肩上がり。どこの球場でも年を重ねるごとににぎわうその光景を見ると、水面下で進んでいる「野球離れ」などつい忘れてしまいがちだ。しかし、現実に目をやると、中学校の野球競技者人口は徐々に減少しており、そのペースは国の少子化を差し引いても加速度的に進んでいる。

 そんな中で2014年から、その慢性的な問題に立ち向かわんと、地道な活動を続けているある公立高校の野球部の存在をあなたはご存知だろうか。

 それは静岡県三島市の三島南高。昨年創立100周年を迎えた歴史深い学び舎である。実は同校の野球部こそ、この野球競技者人口減少という野球界の問題に、独自の手段で挑んでいるのだ。

 今から約6年前。稲木恵介監督率いる野球部員総勢約50名が代休日に向かったのは地元の保育園だった。なんと、その目的は「園児に野球を伝え、認識してもらう」ため。野球振興活動とはいえ、まだクラブチームにも入れない園児をなぜ対象にしたのだろうか。稲木監督は言う。

「やはり小学校に入ったときに、まずは『野球』というのを、スポーツをするうえでの選択肢に入れてもらえるようにしなくてはならないと思ったのです。だから保育園や幼稚園を訪れて、高校球児が野球の楽しさを伝えられたら、と考えました」

 最初は手探りで始めた「園児との野球交流会」。しかし、時間がかからないうちに三島高校野球部員たちは“野球を教えてくれる優しいお兄さん”となり、たちまち園児たちのヒーローになった。彼らが園を訪れてから必ず行うことがある。

「まずは、園児たちに野球を見せるんです。デモンストレーションですね。ボールを投げるところ、打つところ。そして捕って、また投げるところ。野球部員がそんなところを見せると園児たちは、必ず『ワー〜』って大盛り上がりしてくれます。野球自体、今はテレビで見られる時代ではないですから。まずはこんな楽しい遊びがあるんだよ、というのを感じてもらうんですね」と稲木監督は“導入”のワケを明かした。

 場が一気に温まり、園児たちのテンションがマックスになったところで、いざ実技。使用するのはもちろん軟かいボールに振り回しても安全な硬さのバットだが、それを手にした園児たちは、そこで一気に野球の虜になってくれる。

 さらには園児たちのハートをつかむため、小さな工夫も惜しまない。園に持ち込まれるアイテムの中に、お手製の「ストラックアウト」のようなものがある。べニア板で出来たその中央には小さな子どもでも目を引くようなイラストの数々。器用にも『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』などのキャラクターが描かれていたが、こちらは稲木監督自ら描いた力作だという。

“本業”でもつけている確かな力


園児たちのハートをつかむためには、小さな工夫も惜しまない


 そんな監督、部員たちの日々の努力が実を結び、この活動自体が根付いてくると、ついにその回数は通算20回を超えた。1回あたり、時間にして約90分。高校球児たちの園児との地道なふれあいこそが、子ども一人ひとりの人生の序章に「野球」という選択肢を提案し、純粋に“楽しい遊び”として幼い心に刻みこんでいるのである。

 そして、この活動のすごいところは、三島南高野球部員の全員が出動するところ。1年生は、「野球を教える」という未知の体験に戸惑うこともあるというが、一つ学年が上がれば、園児の扱いも慣れたもの。この貴重な経験が直結したかは定かではないが、この活動をした野球部員の1人は晴れて小学校教員という“教育”への道を歩み、現在も学生として指導者を目指し勉学に励むOBが数人いる。過去に在籍した女子マネジャーでは保育士として働くOGもおり、現在もその背中を追う者がいるようだ。“教える側”にも大きな影響を及ぼしているのであれば、この活動の意義はさらに深い。

 今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、普段と同じふれあいをすることはできなかった。それでも、感染対策を厳重に行った上で、高校球児の人数を制限したり、時間を短くしたりするなどして、今年もその活動を継続したという。

「生徒たちに話すんです。『お前たちが親になって自分の子どもに野球をやらせたかったとする。でも、このままだと野球部自体がなくなってしまっているかもしれないぞ』と」

 稲木監督の言葉は、おそらく部員たちが一つ年を重ねていくにつれて、より現実的なものとしてとらえられるようになるのだろう。

 三島南高ナインは2021年のセンバツ21世紀枠の静岡県推薦校に選ばれており、来年迎える創部100年目のミレニアムイヤーにして初の甲子園出場に期待がかかる。その選考理由の1つこそが、彼らが尽力する「園児、小学生を対象に行う野球教室などの普及活動、それによる地域貢献」なのだ。

 もちろん“本業”でも確かな力をつけている。今年の秋季県大会の準々決勝では優勝候補の静岡高に勝利し、直近では静岡県夏季選手権大会でも2年連続ベスト16以上と、存在感を増している。

 今はまだ遠い、あこがれの聖地。もし、そのグラウンドを三島南高野球部のナインたちが駆け回れば、“正真正銘のヒーロー”となった彼らにあこがれてまた一人、野球ボールを握る子どもが増えるかもしれない。
週刊ベースボール編集部

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