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プロ野球20世紀・不屈の物語

ヤクルトと西武を初優勝、日本一に導いた広岡達朗の現役時代。引退まで続いた苦悩とは?/プロ野球20世紀・不屈の物語【1954〜66年】

 

歴史は勝者のものだという。それはプロ野球も同様かもしれない。ただ我々は、そこに敗者がいて、その敗者たちの姿もまた、雄々しかったことを知っている。

現役時代から一貫していた姿勢


管理野球で西武に栄冠をもたらした広岡監督


 ヤクルトが初優勝、その勢いのまま日本一にも輝いたのが1978年。監督は広岡達朗だった。そのオフに本拠地を九州から埼玉は所沢へ移して再出発したのが西武。西鉄としては優勝、日本一を経験していたが、西武としての初優勝、日本一は82年で、やはり監督は広岡だった。ヤクルトは日本一の翌79年にフロントと広岡が衝突、広岡がシーズン途中に辞任する騒動に発展し、その後は野村克也監督3年目の92年まで優勝から遠ざかることになったが、西武は初優勝から黄金時代に突入していく。

 代名詞は“管理野球”。選手たちの反発は1年だけの頂点だったヤクルト以上に西武のほうが強く、禁酒の指示に反発した東尾修ら主力は、キャンプの夕食でヤカンにビールを入れて、お茶を飲むフリをして熱そうにチビチビ飲んでいたという。“管理”された選手たちの不屈の(?)逸話も豊富だ。のちにロッテのGMとしては自主性を尊重するバレンタイン監督と衝突して悪役となった面もあったが、言っていることは西武の監督を務めていたときと変わっていない。時代は流れたが、今風にいえば、ブレない指導者。毀誉褒貶も少なくないが、稀代の名将だったのは間違いなく、「当たり前のことを当たり前にやれば勝てる」という信念が貫かれていた。

 ただ、広岡の「当たり前のこと」はレベルが高すぎた面もあるのかもしれない。その信念は現役時代から変わらず、圧倒的な練習量で基本的な技術、つまり「当たり前のこと」を磨き上げて、歴代でも最高と評される遊撃守備を誇っていた。81年に西武で新人王に輝いた石毛宏典は遊撃守備の評価も高かったが、広岡は自ら石毛の守備を真似してみせて「ボロクソに言われた」(石毛)という。82年、広岡は50歳だ。現役を引退してから15年を超える時間を経ても、その遊撃守備は現役選手をしのぐものだったことが分かる。

 この2020年も評論家としての“口撃”は鋭いが、これも指導者としてはおろか、現役時代から変わらないもの。高くて安全な場所を確保してから“口撃”にいそしむ向きは少なくないが、広岡は弱い立場からも遠慮なく意見していた。相手が誰であれ言動が変わらない人物は魅力的だ。ただ、それゆえに、立場が弱ければ不遇の憂き目に遭うことが多いのも事実。指導者としてだけでなく、選手としても確執により引退に追い込まれている。

 早大のスター選手だった広岡が巨人へ入団したのが54年。まだプロ野球より東京六大学野球のほうが地位は高かった時代だ。風貌から“貴公子”とも呼ばれ、女性からの人気も高かったが、長身もあって遊撃守備は華麗、しかも基本を徹底するから堅実、さらに強肩で送球も正確。1年目から正遊撃手の座に就いて新人王、ベストナインに輝いた。打っても15本塁打、67打点、打率.314の活躍だったが、「相手の投手に自分の情報がなかったから助かった」と広岡は分析する。プロで進化を続けた遊撃守備とは対照的に、その1年目の開幕を前に、キャンプの時点から打撃はサッパリだったのだ。

打撃の試行錯誤


現役時代の広岡氏


 当時はコーチが手取り足取り指導してくれるような時代ではない。意地の悪い先輩から聞こえるような陰口を叩かれながらも、広岡は遊撃手の先輩でもある平井三郎(正明)に助言を求めたり、ブルペン捕手を買って出て球筋を研究したりと試行錯誤を続けた。1年目は結果を残したものの、2年目に三塁へ回ったこともあってか、その後は安定感を欠く。考え過ぎた面も否めない。不運もあった。居合や合気道を学んで体の使い方を研究するなど工夫を続けたが、58年に右ヒザ故障、63年には頭部死球など、万全な状態でシーズンを通してプレーできたことは少なく、最後まで完成しなかった。

 一方の守備は、58年の日米野球で、のちに南海でプレーするブレイザーの基本に忠実な守備を目にしたことで、ますます安定感を増していく。だが、反比例するように、広岡の立場は不安定になっていった。1年目から関係がギクシャクしていた川上哲治が監督に就任すると、オフのたびにトレード話が持ち上がり、故障もあった66年には露骨に干されて11試合の出場。これがラストイヤーだった。

 誰よりも冷徹で非情な指導者だったかもしれない。だが、引退したときに「これからは巨人より正しい野球をして、いつか巨人を倒す」と誓ったという。非情の裏側には、間違いなく情熱があった。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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