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プロ野球回顧録

年俸3億6000万円で入団も…「前代未聞の理由」で1カ月で退団した阪神の助っ人は

 

「バースの再来」と称賛も……


“救世主”として阪神に入団したグリーンウェルだったが……


 阪神ファンを落胆させた助っ人として、24年経った現在でも語り継がれる男がいる。球団史上最高額の推定年俸3億6000万円で契約を結んだが、わずか1カ月で退団したマイク・グリーンウェルだ。

 1996年オフ。阪神に入団が決まったグリーンウェルは救世主として崇められていた。同年のストーブリーグで阪神は西武をFA宣言した清原和博の獲得に動いたが、巨人との争奪戦に敗れる。そこで、四番を打つ強打者として白羽の矢を立てたのが、レッドソックスで通算打率.303、130本塁打と強打者として活躍したグリーンウェルだった。西武、近鉄も含めた激しい争奪戦で一時は西武と契約する寸前だったが、阪神が豊富な資金力で急転、獲得に成功する。

 1月下旬、テンガロンハットにウエスタンブーツ姿というド派手な格好で関西空港に現れたグリーンウェルは上機嫌だったが、春季キャンプ中の2月11日に「私は農場とアミューズメントパーク、レーシングチームを持っている。ビジネスの用事があるんだ」とサイドビジネスの契約更新を理由に米国へ帰国。当初は3月のオープン戦の期間に戻ってくる予定だったが、腰痛、背筋痛を理由に開幕してもなかなか戻ってこない。ようやく合流したのは2カ月以上経過した4月30日だった。

 来日デビュー戦となった5月3日の広島戦(甲子園)。ゴールデンウィークで多くの阪神ファンが詰めかけた中、「五番・左翼」でスタメン出場し、広島のルーキーだった黒田博樹から2打席目に適時打。5打席目にも適時三塁打を放つなど2安打2打点の大活躍だった。翌4日の同戦でも満塁のチャンスに勝ち越し適時打を放つなど猛打賞とメジャー・リーガーの片鱗を見せる。5日の試合も3試合連続安打と打点を記録し、「私はこういう働きをするために日本へやって来た」と力強く宣言。メディアには「バースの再来」と称賛されたが、予期しないシナリオが待っていた。

 5月10日の巨人戦(東京ドーム)で右足に自打球を当て、その後の病院の検査で骨折していたことが判明。グリーンウェルは心も折れてしまった。なんと引退を決意。球団は必死に翻意を促したが、本人の決意が固く退団を了承した。14日に甲子園球場内で行われた引退会見。「骨折は私に『野球から身を引け』という神のお告げ。『身を引く潮時だ』というメッセージだった」と衝撃的なコメントを残し、日本を去った。

嵐のように来て、嵐のように去って……


退団会見でのグリーンウェル。“神のお告げ”で日本球界から去った


 わずか7試合出場で打率.231、0本塁打、5打点。吉田義男監督は「なんや、嵐のように来て、嵐のように去って行きましたなぁ……」と語った。年俸3億6000万円を安打数6本で割ると安打1本が6000万円。阪神ファンは怒りを通り越して呆れた。結果論になるが、グリーンウェルの代理人・ジョー・スロバ氏は95年にダイエーとトラブルを起こしてシーズン途中に帰国したケビン・ミッチェルと同じ代理人だった。「つかまされた」と気づいた時は後の祭りだった。

 ちなみに、グリーンウェルと契約寸前でかっさらわれた西武は「マルちゃん」の愛称で親しまれたドミンゴ・マルティネスを推定年俸8000万円で獲得。97年に打率.305、31本塁打、108打点の活躍でリーグ優勝に貢献した。グリーンウェルの代理人に不信感を持ち、獲得レースから外れた近鉄の決断も正しかった。推定年俸5500万円で獲得したフィル・クラークが同年に打率.331、23本塁打、93打点の好成績をマーク。イチローと首位打者争いを演じ、性格も真面目な「優良助っ人」だった。

写真=BBM

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