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努力は必ず報われる。早大のリリーバーを務める無名右腕が描く密かな野望

 

3年夏は埼玉大会3回戦敗退


早大の148キロ右腕・山下拓馬は早大本庄高時代は捕手。大学で投手に戻り、努力を積み重ね、ブルペンに欠かせない存在となった


 東京六大学リーグ戦は4月10日、神宮球場で開幕する。昨秋の覇者・早大は開幕カードで東大と対戦。春のオープニングゲームを待ち切れない最上級生がいる。

 早大のリリーバーとして期待される山下拓馬(4年・早大本庄高)だ。就任3年目の小宮山悟監督は徳山壮磨(4年・大阪桐蔭高)と西垣雅矢(4年・報徳学園高)の右腕2人を1、2回戦の先発に据える予定。先発完投が理想だが、8回以降は左腕・森田直哉(4年・早稲田佐賀高)と山下で逃げ切る戦力構想を描いてきた。

 徳山は高校3年春(2017年)のセンバツ優勝投手で、西垣は同春のセンバツ4強へ進出。2人はスポーツ推薦で早大に入学した。森田は同夏、早大の系属である早稲田佐賀高を創部8年目で甲子園初出場へ導いた際のエースである。山下は言う。

「自分はエリート側ではありません。高校で無名。誰も知らない選手が入ってきて、何とかしがみついて、よじ登ってきました。反骨心? それが原動力になったのは確かです」

 横瀬中(埼玉県秩父郡)時代に在籍した武蔵狭山ボーイズでは3年時に春、夏の全国大会、ジャイアンツカップを通じて8強進出。春は捕手だったが、夏とジャイアンツカップでは投手だった。当時の最速は130キロ弱。学校成績は9科目合計45点満点(5段階評定)で43の秀才で、早大本庄高へはα選抜(自己推薦入試)を経て入学した。慶應義塾高(神奈川)も選択肢の一つだったが、2歳上で右投手だった兄・大樹さんが早大本庄高へ進学していた背景もあり、同校を志望したという。

 高校ではチーム事情により、捕手を守った。1年秋から背番号12の控えとしてベンチ入りし、2年秋からはレギュラー。遠投110メートル、二塁送球の最高タイムは1.78秒の強肩で、八番打者ながら高校通算18本塁打とパワーもあった。3年夏は埼玉大会3回戦敗退。

「結果に満足ができず、大学でもプレーしようと決めました。捕手か投手で迷っていましたが、尊敬するボーイズの指導者から『投手のほうが、素質はある』と言われ、大学ではピッチャーで挑戦しようと決めました」

大学で軽度のイップスに


 埼玉大会敗退直後から、大学へ向けた練習を再開。しかし、11月に右肩を痛めてしまう。

「早稲田には、全国からすごい人たちが入学してくる。高校3年間、投手をやっていない自分が追いつくためには、それなりに練習をやっていかないと思っていましたが、無理があったのかもしれません」

 早大の練習合流以降も、右肩のコンディションは一進一退の状況だった。1年生は打撃投手を務めなければならないが、4年生相手に極度の緊張で腕が振れない。力を加減するうちにフォームを崩し、自分の投げ方を忘れてしまったという。軽度のイップスだった。

 右肩の治療と並行して、フォーム修正。ネットスローで動画を撮影してもらい、体を大きく使うため、中・長距離の遠投を繰り返した。気の遠くなるようなメニューを継続できたのも、兄の存在が大きかったという。

「もともと、大学で野球をやるために早大本庄に入学したんですが、ケガで思うようなボールが投げられず、野球を断念(早大では米式蹴球部=アメフト、卒業後はアサヒ飲料でプレー)しました。『お前ならいけるから!!』と励ましてくれたのが支えになりました」

 2年春のフレッシュリーグ(2年生以下のリーグ戦)で神宮デビューすると、自己最速を4キロ更新する141キロを計測した。なぜ、球速アップにつながったのか。

「徳山、西垣、森田……。すべて劣っているのは悔しい。決められたメニューかもしれませんが、1本1本、誰にも負けないような意識レベルで取り組んだつもりです」

 心が変われば、体も変わった。

「入学時は脂肪だけの95キロでしたが、85キロまで絞って、ウエートをしながら今は93キロです。体の質が明らかに違うと思います」

早川隆久の行動から勉強


 2年秋のフレッシュトーナメントの法大とのブロック戦で2失点完投勝利(3対2)。限られたチャンスを生かせたのも、小宮山監督からのアドバイスがきっかけだったという。

「忘れもしない2年夏です。ブルペンで初めて、声をかけてもらったんです。体重が後ろに残っている、と。前に乗せていけばいい、と。チェンジアップも教えてもらい、カーブ、スライダー、意図的に動かす真っすぐを含めて、投球の幅が広がりました」

 もともと山下は「合宿組」ではなく「通い組」だった。全体練習が休止となった昨年の緊急事態宣言中は、期間限定での安部寮の追加メンバーに、山下ら約10人が招集された。安部寮にはリーグ戦でのベンチ入りが期待される、選りすぐりの部員しか生活できない。

「早川(隆久、現楽天)さんは、限られた環境でも工夫してメニューを消化していました。考え方、行動、すべてが勉強になりました」

 8月開催となった春季リーグ戦で初登板を遂げると(計3試合)、自己最速の148キロを計測。10季ぶりのリーグ制覇を遂げた秋は4試合に救援して、優勝に貢献した。秋のシーズン後、正式に安部寮に入寮している。

 この春は、冒頭にあるように、試合の最後を締めるストッパー役としての活躍が求められる。2月末から始まったオープン戦では、ほぼ全試合にベンチ入り。リーグ戦を想定した準備をし、最終回の登板を重ねてきた。小宮山監督は山下が安部球場で黙々と汗を流す姿をずっと見てきただけに、信頼は揺るがない。

「チームとしてはリーグ優勝することが目標です。個人としては、任されたイニングを抑える。無失点でいきたいと思います」

 努力は必ず報われる。使い古されたフレーズかもしれないが、練習量でしか自信は得られない。山下は卒業後、社会人野球でのプレーを希望している。その先、密かな野望もある。

「社会人野球で一流選手の良い部分を盗んで、成り上がって、2〜3年後にはプロの世界に挑戦できるだけの実力をつけたい。自分のように無名の選手でも、やれるんだぞ!! というところを見せつけてきたいです」

 甲子園組でなくても、本人次第で、神宮でプレーするチャンスは広がる。山下の魂の1球1球が、全国の高校球児に勇気を与えていく。

文=岡本朋祐 写真=BBM
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