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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

その打席に人生を賭けて――山下幸輝と「代打の呼吸」/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 赤土にまみれた男を淡い西日が照らしていた。

 視線の先にあるビジョンには、猛然とヘッドスライディングする打者走者と、二塁手からのハーフバウンドの送球をすくいあげる一塁手の姿が映し出されていた。

 5月9日、1勝1敗で迎えた、対タイガース3連戦の3戦目。1点差で追うベイスターズの9回裏の攻撃、代打・山下幸輝の打球は高く弾んで投手の頭を越えた。

「2アウト(走者なし)だったので、なんとかして塁に出たいと思っていました。なんとかセーフになってくれ、と」

 ほどなくグラウンドに姿を現した球審があらためて左拳を掲げる。山下が伸ばした左手は、わずかに間に合わなかった。


2021年に必要な戦力として。


 2019年、入団5年目にして初めて一軍出場ゼロだった。選手生命の終わりを明確に意識した。根はネガティブだ。翌年契約の可否が確定する前から、第二の人生に思いを馳せた。

 だが、命はつながる。一度はあきらめかけたからこそ、吹っ切れた。「とにかく楽しもう」と自らに言い聞かせるようになった。

 2020年、コロナ禍の仄暗さと対照的に表情は明るく弾けた。7月14日、一軍昇格のチャンスが到来。久々の表舞台も緊張とは無縁だった。思いきりバットを繰り出せば、意識せずとも大きな声が腹の底から飛び出した。

「趣味が筋肉」と語る山下のスイングは、ビルドアップにより力強さを増していた。同月は11度、代打として打席に立ち、3安打2四球。塁に出るたび、プロ野球選手としての死線を遠ざけた。

 代打の枠をつかんだものの、徐々に快音の頻度は下がる。10月7日には一軍登録を抹消され、打率.209でシーズンを終えた。

「結果を残したといっても、そんな大した結果は出ていないので。契約があるかどうか、ちょっと心の中には不安があった」

 その心配は杞憂に終わる。山下は2021年も必要な戦力として認められた。契約更改の席で、球団サイドからはこんな話があったという。

「苦労人の選手がああやって代打で活躍してくれると、ファームの刺激にもなるから」

 もちろん、打つことが最も重要であり必要だが、それだけでなく、崖っぷちから這い上がろうとするその姿勢がチームに活力をもたらす。山下は言う。

「たとえば2ストライクに追い込まれてから簡単に三振するんじゃなくて。なんとか粘って、根性でヒット。そういうしぶといバッティングが求められているのかなと思います」

結果に一喜一憂しない。


 生き残るためには、さらなる変化が要ると考えた。「もっといい流れを持ってきたい」と、背番号を38から66に変更した。

 ただ、何より変えたかったのは内面だ。2021年の開幕に向けて日々を過ごすなかで、ある問いの答えを探し続けていた。

「いちばんは、心を鍛えたかった。ウェイトとかもやりつつ、『どうやったら1年間同じメンタルでいられるか』ということを考えていました」

 昨シーズン、屈託なくバットを振れていた時間は短かった。久しぶりの一軍で安打を積み重ねるうち、昇格当初のがむしゃらさは欠け、「どうしても結果をほしがっていた」。欲が出るほど成績は下降線をたどった。変えたかったのは、そこだ。

 解決策の一つが、書き記すことだった。ファームには、選手各自が「今日のテーマ」を掲げるホワイトボードがある。今年、山下は決まって「結果に一喜一憂せず、野球を楽しむ」と書き残してから試合に向かった。


 ファームでよく打った。好結果が生む欲の誘惑にも負けなかった。一定のメンタルがあったからこそ、成績は安定した。

 4月16日、早くも一軍から声がかかる。「今年また1つ年を取って、なかなかチャンスをもらえないだろうと思っていたので、ちょっと安心しました」。ファームでの打率は.321。勝負どころでの一振りを期待された。

 ところが、一軍に来てから7打席、凡打が続いた。こんな状況のとき、たとえば2年前ならどんな気持ちになっていただろう。問いを受けた山下は、微かな苦笑を浮かべて言った。

「『やばい、やばい』とか。『ああ、もうクビだ。どうしよう』って感じでしたね。たぶん」

 いまは違う。「打てなくても死ぬわけじゃないので、そんなに重く考えなかった。いい意味で『別にいいや』って」。

 実際のところ、心根は変わっていない。人が変えられない部分と言っていいかもしれない。山下も「ふとしたときに落ち込んでます」と、正直に吐露する。ただ、自身の弱さに向き合った月日を経て、油断すればネガティブに傾く心をニュートラルに引き戻す術を手に入れたのだ。

「去年から、違う自分にスイッチを入れることができるようになりました」
 28歳は淡々と言った。

【代打の呼吸】壱ノ型――。


 山下の心を支えているものが、もう一つある。

 昨シーズンの終わり、ファーム打撃コーチの大村巌から手渡された一枚の紙。大人気漫画『鬼滅の刃』になぞらえた、代打としての心得が記されていた。

 【代打の呼吸】
 壱ノ型 初球からスイングする準備をすべし
 弐ノ型 相手を知る
 参ノ型 己を知る
 肆ノ型 走者の居場所や状況判断
 ……

 全十カ条のラストは「精神の核は燃やしておけ」。画像を保存してあるスマートフォンに目を落としながら、山下は言う。

「これを見ながら、『いまの自分にはここが足りないな』というものがしっかりと見つかるようになりました。大村さんは、打っても打てなくても、『自分のやるべきことができたか』と、結果に左右されずアドバイスをくれる。そのおかげで、ぼくも一喜一憂せず、自分のやるべきことをしっかりできたと思います」

 5月5日、バンテリンドーム。ドラゴンズ戦の7回表、山下に今シーズン12度目の打席が与えられた。まだ1本しかヒットを打てていなかった。

 前の打者、桑原将志がタイムリーを放ってベイスターズが2点を先制。なお2アウト一三塁で、出番が来た。

 このとき、勝野昌慶に代わり谷元圭介がマウンドに上がる。大村がくれた【代打の呼吸】の中には「予想外に対処しろ」の一文もあった。山下は戸惑うことなく思う。「誰が来ようが、やることは変わらない」。

 対戦ではまず「壱ノ型」を実践。初球のカットボールにバットを出した。

 ふたりの勝負はフルカウントまでもつれる。決着は7球目。ボールゾーンへと落ちるフォークをバットの先で弾き返すと、打球は詰まりながら遊撃手が差しだすグラブのわずか先を通過した。

「その前の球がインコース。カットしたあと、『どうしよう、どうしよう』と考えてて。でも、大村コーチが『代打は技術より根性だ』みたいなことを言ってたなって。たしかに、自分は人よりも根性はあると思ってる。なんとか食らいつこうと、打ちにいきました」

 追い込まれても「精神の核」は燃えていた。根性で打ったヒットで、三塁走者に続き、二盗に成功していた桑原も生還。山下は一塁ベース上で何度もガッツポーズを繰り出した。

 5月7日のタイガース戦では、左腕のチェンからタイムリー。限られた出場機会の中で、着実に調子を上げてきている。


 記事冒頭の5月9日のゲームに敗れ、チームは4カード連続の勝ち越しを惜しくも逃した。それでも、3・4月に比べれば明らかに結果も内容もよくなってきた。

 残りは100試合以上ある。逆襲に向けて一つでも勝ちを拾っていくために、代打・山下の働きどころもまだまだたくさんあるだろう。

「ぼくにとって代打といえば、大学の先輩でもある矢野謙次さん(現ファイターズ ファーム打撃コーチ)。チャンスの場面で出てきて、すごく打っていたイメージがあります。ぼくも代打で使われることが多いので、その打席が人生最後の打席になってもいいように、しっかり準備してやっていきたい」

 大村が山下のためにしたためた【代打の呼吸】の8番目は「後悔するな。人生を賭けろ」。送り込まれたすべての打席で、その実践者となる。

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写真=横浜DeNAベイスターズ
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