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日本人メジャーの軌跡

現役最後の3年間は3球団に所属した松井秀喜「結果が出なくなった」と引退決意/日本人メジャーの軌跡

 

松井秀喜の現役最後の3年間は2010年のエンゼルス、11年のアスレチックス、12年のレイズであった。09年のシーズンをもってヤンキースとの4年契約が終了。ワールド・シリーズMVPになったばかりだったが、残留すれば出場機会がかなり限られるとのことで、松井はヤンキースを離れることを決意。エンゼルスと600万ドルで1年契約を結んだ。

ヤンキースからエンゼルスへ


2010年、ヤンキースからエンゼルスへ移籍した松井


 エンゼルスでは開幕のツインズ戦に四番・DHで出場し、8回に右中間へ本塁打。新天地でいいスタートを切った。4月13日、ヤンキース戦では優勝記念リングの贈呈式で、エンゼルスの選手ながらニューヨークのファンから大歓声を受けた。だが次第に調子を落とす。9月8日のインディアンス戦では代打で登場したところ、相手が左腕に代わると代打の代打を送られる屈辱を経験した。

 結局エンゼルスでは打率.274、21本塁打、84打点で、1年で退団。11年は425万ドルの1年契約でアスレチックスに入団した。7月20日のタイガース戦で日米通算500号本塁打を記録したが、打率.251、12本塁打、72打点に終わり、シーズン終了後にまたFAになった。

 12年はなかなか行先が決まらず。開幕も過ぎ、4月30日にレイズとマイナー契約を結んだ。3Aダーラムに所属。13試合で打率.170、0本塁打、4打点といまひとつの成績でも故障者が続出したため5月29日にメジャー昇格。背番号は35。慣れ親しんだ55は昨季ソフトバンクでプレーしたマット・ムーア(現フィリーズ)が着けていたため、新しい番号を選んだのだった。

 5月29日のホワイトソックス戦では六番・左翼で先発。4回に右越え本塁打を放った。6月1日のオリオールズ戦ではチェン・ウェインから一発を放ち、これが最後の本塁打となる。7月22日を最後に、戦力外通告を受けて退団した。

 12年12月27日、ニューヨーク市内のホテルで引退会見を開いた。「命がけでプレーし、メジャーで力を発揮するという気持ちで10年間やってきたが、結果が出なくなった」と、心境を吐露。これで現役生活にピリオドを打った。

 日本では巨人で10年間プレーし、1268試合に出場し、打率.304、332本塁打、889打点。メジャーでは通算10年、1236試合出場で打率.282、175本塁打、760打点だった。12年から3年間、ヤンキースの先発陣を務めた黒田博樹は「彼が信頼を築いてくれたお陰で、とてもプレーしやすかった」と同級生・松井に感謝していた。

 13年7月28日、ヤンキースと一日限定のマイナー契約を結び、ヤンキー・スタジアムでの引退セレモニーに臨んだ。ヤンキースで現役を引退したのだった。

『週刊ベースボール』2021年5月10日号(4月28日発売)より

文=樋口浩一 写真=Getty Images

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