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BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

揺らがぬ思いを胸に――桑原将志が苦悩の果てに得たもの/BBB(BAY BLUE BLUES) -in progress-

 


 6月3日のホークス戦は、終盤、予断を許さない展開になった。

 ベイスターズは初回にT.オースティンのホームランで3点を先制したが、7回、松田宣浩の一発で同点に追いつかれる。その裏、大和のツーベースで1点勝ち越し。勝負の行方は残り2イニングの攻防に委ねられた。

 8回、ホークスの先頭打者は4番に座る栗原陵矢山崎康晃の投じたツーシームをバットでうまく拾うと、打球は低いライナーとなってセンター前方のフィールドへ――。

 中堅手、桑原将志が落下地点に猛然と駆けだす。体を投げだし、伸ばしたグラブに白球は収まった。瞬時の胸中を桑原はこう振り返る。

「どうしても一歩目でパッとスタートを切ると、全部、捕れるような感じがするんです。(判断が)難しいところですけどね。あの打球も、絶対に捕れると」

 どこに飛ぼうがすべて自分が処理すべき打球だと思って常に備えている。その準備と外野手の本能が体を突き動かした。反撃の芽を摘むファインプレー。捕球の事実を目で確認した直後、右手でつかみ取ったボールを外野の芝に打ちつけた。

「その前の回に(2アウト三塁の)チャンスで見逃し三振をした悔しさもありましたし、守備でミスをした日もあったので。気持ちよかったです」

 そう言うと「だからといって慢心するようなこともなく」と、自らの心に刻むように付け加えた。


自分のどこを、どう変えればいいのか。


 今シーズン、一軍の舞台を軽やかに駆ける背番号「1」の姿がある。ずいぶん久しぶりのことだ。

 ほぼフル出場を果たした2017年、少なくとも数年は続くであろうレギュラーのレールに乗ったかと思われた。しかし、翌2018年のパフォーマンスは安定性を欠いた。外野陣の競争は激しく、出場数は2019年72試合(先発17試合)、2020年34試合(同4試合)と勢いよく減った。

 そうした事態を招いた要因とは何だったのか。桑原は潔く言った。

「振り返ってみると、少なからず慢心している部分はあったんだと思います。そうじゃないと、あんなふうになってないと思うし。ちょっと甘い自分がいたのかなと」

 飛躍から定着へとステップアップしたかに見えた2017年、周囲の評価の高さとは裏腹に、本人は明確な手ごたえを感じていなかった。自分の実力や努力でレギュラーをつかんだ感触も、数字に対する満足感も、なかった。「『1年間、試合に出続けるってしんどいなあ』っていう気持ちしか」。当時を思い返して絞り出す言葉が、雲のように漂う。

 再び一軍の試合で勝利に貢献したいと願ったが、道は険しかった。自分のどこを、どう変えればいいのか。正解らしきものがなかなか見えなかった。

 監督、コーチの面々も桑原の再起を待っていた。昨シーズン、ファームを率いていた三浦大輔・現一軍監督からの激励は「下を向きそうなときも奮い立たせてくれた」。コーチ陣の支えも身に沁みた。そのなかで特に心に残っているのは、万永貴司ファーム総合コーチの言葉だという。

「こんなところで終わってられないぞ」
「もう一度、一軍の舞台でプレーするクワの姿を期待している」

 シンプルだから響いた。桑原は言う。

「そういう言葉をいただいて、必ずあの場所に戻りたいって気持ちが出てきた。苦しんだ時期にいっしょにいてくれた人たちに対して、必ず恩返しをしたい」


「考えたからこそ、吹っ切れた」


 昨秋、みやざきフェニックス・リーグに参加した際、チームから内野手兼務の打診を受けた。出場機会を少しでも得やすくするための提案だった。自分のために考えてくれたことだからと桑原も理解し、内野の守備練習に参加した。

 だが、心は晴れなかった。

「トライしたい気持ちはあったんですけど、練習しながら『内野をやってる自分ってどうなんかな』という思いはあって。自信を持って外野手をやってきたし、やっぱり外野でレギュラーを獲りたい。そのためにもっともがきたいなって。2週間ぐらいやってから、外野一本で勝負したいという気持ちをスパッと伝えました」


 2021年、悩みの種だったバッティングが徐々に上向き始めた。考えに考えて、探し続けてきた答えについにたどり着いた、わけではなさそうだ。あっけらかんと言う。

「変えようと思っても、結局は変われなかったという言い方のほうが正しいかもしれません。自分にしっくりくるような形ってどういうものなのかなと日々考えましたけど、そのときに考えたことでいま実践していることは何一つない状況ですね」

 でも、と発言は続く。

「考えたからこそ、吹っ切れているいまの自分がいると思うので。決してムダな時間ではなかったかなって」

 悩んでばかりいること自体が、らしくなかった。信じたものを、ひたむきに続けることが自分らしさではないか。長い苦悩の日々を経て、そんな心境へと行き着いた。

 だから、桑原のバッティングそのものに大胆な改革が起きたわけではない。信じ続けるに足るもの、すなわち基本、原点に立ち返ったというべきだろう。

 今シーズンの打席での意識について、こう説明する。

「強引に行くことはなくなったかなと思います。素直に、来た球をピッチャーの足元に打ち返すぐらいの気持ち。ほんとシンプルですけど、そこにたどり着いたなって感じです。(結果が出ず)困っても、そういう気持ちがあれば大丈夫って思えるようになったので。変えずに辛抱強くやっていきたい」


平凡なフライを落球。率直な思い。


 3年ぶりに開幕スタメン入りを果たし、5月以降は打撃の調子もいちだんと上がった。スタメン表に「1番・センター 桑原」と書き入れられる試合が続くようになった。

 レギュラー返り咲きへ着々と歩を進めていたなかで、あのプレーは起きた。

 5月26日、バファローズ戦の2回の守備。ベイスターズ先発の大貫晋一は苦しい立ち上がりで、初回に2失点、2回にも2点を失っていた。なお満塁のピンチを迎えながら、なんとか2アウトまでこぎ着けた。ここで打席に入ったS.モヤは平凡な飛球をセンター方向に打ち上げる。

 長かった守備がようやく終わる。まだ序盤、4点差なら十分に追いつける――。

 観客のほとんどがそう思ったであろう瞬間、軽くジャンプしながら捕球体勢に入った桑原のグラブからボールがこぼれた。スタートを切っていた3人の走者が次々と本塁を踏んで、いっきに7点差まで開く。痛恨のエラーだった。

 いったいなぜ、あのミスは起きてしまったのか。桑原は率直な思いを明かす。

「なぜか……ぼくにも理由がわからないです。監督やコーチから『どうした?』と言われたときも『わからない』としか答えようがなかった。もちろん『油断だ』とか叩かれても仕方ないと思いますし、打ち取った当たりをアウトにできなくてピッチャーやチームに対して申し訳ない気持ちがあります。ぼく自身、悔しくないわけがないし、同じようなことは二度と起こしたくないです。でも、ぼくの中では、あのワンプレーで何かを変えるかといったら、何も変わるものはありません」

 本人が話しているとおり、結果が評価対象になる世界、おかしたミスに対する厳しい視線や言葉は甘んじて受ける。ただ、外野手として常にベストな準備を尽くしてきた自負がある。それは、信じがたい落球の前も、後も、変わることはない。

 事実、近々の桑原は数々のファインプレーを生み出してもいる。難しい打球が次々と飛んでくるセンター。その守りを託されている27歳は言う。

「それでもアウトを取ってあげるのが、ぼくの使命だと思う」


1年間、同じ気持ちで戦った先に。


 しばしばチームの盛り上げ役と評されるが、試合中はむしろ悔しげな表情を見せることのほうが多い。桑原自身、こう話す。

「今年は、あんまりうれしいと思うことがないですね。打てないとか、いまの打球、捕れたのになんで捕れなかったんだとか、悔しさばかりです。今年は例年以上に、というか比べようもないくらい、勝ちたい、結果を残したいって気持ちが強いので」

 1度の打席、1度の守備に白黒がつくプロ野球選手である以上、感情の起伏は避けられない。桑原はとりわけ、それが表に出やすい選手だろう。だが、今年はひと味違う。

 いい当たりを飛ばしながらも4打数ノーヒット、守備では、捕ればファインプレーの当たりを惜しくも弾いた6月6日のマリーンズ戦終了後、明るい表情で語った。

「こればっかりは。自分がしっかりと準備して起きた結果やから、仕方ないなって」

 試合中の悔しさを、試合後にはあっさりと「仕方ない」と言い切れる。いま、悩んでいない証だ。打撃のアプローチも、守備への意識も、あるいは試合に挑む心持ちも、シーズンが終わるまで貫き通すスタイルは固まっている。

「考えてみると、1年間、同じ気持ちで戦うことができた年ってなかったので。(取材などで)いろいろ言うんですけど、時間とともに言葉がころころ変わっていくことが多かった。今年こそ、絶対に変えないっていう強い気持ちがあります。いまの気持ちを変えずにやりきった結果、達成感が得られるんじゃないかなって。そこにたどり着くと信じ抜いて、これからも日々がんばっていきます」


 2021年、桑原将志がシーズンの最後まで抱き続けると決めた誓い。もう何遍も唱えてきたから、すらすらと言える。

「どんなことがあろうとぼくらしく、変わることなく、ひたむきにプレーする。それが、チームに対しての貢献になる」

 プロ10年目、風雪を耐え太くなった幹は揺れない。

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写真=横浜DeNAベイスターズ
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