週刊ベースボールONLINE

プロ野球はみだし録

主役は王貞治。1964年の東京オリンピック、そのときプロ野球は?【プロ野球はみだし録】

 

王の55本塁打も、巨人は……



 1964年に開催された東京オリンピックの開会式は、この2021年のような蒸し暑い夏ではなく、すがすがしい秋晴れの下で行われたという。今回のオリンピックにはプロ野球選手も参加してオリンピアンとなるわけだが、当時のプロ野球は蚊帳の外。まだオリンピックがアマチュアリズムを標榜していて、同じスポーツでありながらも、野球のプロであるプロ野球選手は参加できなかったのだ。

 それでもプロ野球は、この東京オリンピックに協力している。もちろん、興行という面で観客を奪い合うことを避けたかったこともあるだろうが、10月10日に開会式を迎えるオリンピックに合わせ、パ・リーグは3月15日、セ・リーグは同22日に開幕。終戦から20年にも満たない当時、オリンピックが掲げる平和の意味は、現在の我々よりも重かったことも想像に難くない。今風にいえば、別の地平でプロの仕事をした、とでもなるのだろうか。列島がオリンピックに向けて盛り上がっていく中で、プロ野球も負けじと盛り上がりを見せた。

 主役は巨人の王貞治だ。前年は40本塁打で2年連続となる本塁打王となり、2年ぶりリーグ優勝、日本一に貢献した王だが、パ・リーグでは南海(現在のソフトバンク)の野村克也が52本塁打を放ち、数字でもプロ野球の頂点に立っていた。だが、1964年の王は5月に4打席連続本塁打でファンの度肝を抜くと、その勢いのまま最終的に55本塁打。これは21世紀に更新されるまで長くプロ野球の頂点に輝き続けた数字だ。

 ただ、そんな王を擁し、オリンピックの舞台である東京に本拠地を置く巨人は優勝争いから脱落。この2021年も好調の阪神が大洋(現在のDeNA)と1ゲーム差でセ・リーグを制し、一方のパ・リーグでも同じく在阪の南海が頂点に。東京に牙をむくかのように、初めて在阪チームによる日本シリーズが実現した。当初は9月29日に開幕を予定していたシリーズだったが、セ・リーグの激戦で優勝が決まらなかったことで第1戦は延期に。日本一が決まった第7戦(甲子園)は奇しくも10月10日。休む間もなくシリーズに臨んだ阪神は準備万端の南海に届かず、第7戦は完敗で日本一を逃している。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング