“一球入魂”を座右の銘に
ストライクか、ボールか。ゾーンの四隅を突いた投球を判断するのは難しいだろうが、浮かんだり沈んだり、曲がったりもしないド真ん中へのストレートは、プロの審判ならずとも、素人でもストライクの判定ができそうなものだ。近年のビデオ判定などを持ち出すまでもない。
だが、これがボールと判定されたことがある。もちろん遠い昔、プロ野球が現在の2リーグ制になって間もない時代の話だ。ほぼ同じ時期に何度かあったといわれているが、もっとも有名であり、しかも1人の選手が人生観(?)を変えたほどの逸話は、1956年のものだろう。
チームは南海、現在の
ソフトバンク。主役は投手の皆川睦男(のち睦雄)だ。米沢西高から54年に入団して3年目、プロ初勝利も挙げた若き右腕で、相手の八番打者に3ボールとなり、「どうせ打ってこないだろう」と投じたのがド真ん中へのストレートだった。つまり棒球。予想どおり打者も見送ったが、これがボールと判定される。もちろん、皆川は抗議した。だが、球審は言い放つ。
「気持ちが入っていないからボールだ」
選手と審判の力関係も時代によって変わるのかもしれないが、当時は現在よりも審判のほうが優勢だった印象もあった時代だ。現在なら審判による若き選手へのパワハラなどと批判されるかもしれない。当然ビデオ判定などもなく、この判定は覆らなかった。だが、この球審の暴言とも聞こえなくもない言葉が胸に落ちたのが皆川だった。以降、“一球入魂”を座右の銘に刻んだ皆川。この56年にプロ初勝利を含む11勝も、肩を痛めてアンダースローに転向して、最終的に2ケタ勝利10度。最後の2ケタ勝利となったプロ15年目の68年で、自己最多の31勝で初の最多勝に。シーズン30勝を超えたのは現時点ではプロ野球で最後のことでもある。
南海ひと筋18年、通算221勝を残した皆川は、このときの“誤審”を振り返り、「これで1球の大切さを学んだことが、その後、大きなプラスになった」と語っている。ちなみに、このときの球審の名は二出川延明という。この“名物審判”については、あらためて次回に詳しく。
文=犬企画マンホール 写真=BBM