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落合博満、長嶋茂雄、ブーマー…最も三振しなかった本塁打王は誰?

 

1985年のロッテ。落合は52本塁打を放ったが、三振はわずか40だった


 本塁打を量産するような強打者は、比例して三振も多くなる傾向にある。その年の本塁打王ともなれば三振数も必然的に多くなり、本塁打王だけでなく三振王も獲得するケースがある。例えば、1993年にリーグ最多本塁打を放ったラルフ・ブライアントは、この年NPB最多となる204三振も記録している。では、ブライアントとは反対に「最も三振が少なかった本塁打王」は誰なのだろうか?

最少三振の本塁打王は青バットの大下


1951年の東急・大下は26本塁打でタイトルを獲得しながら三振は18


 2リーグ制となった1950年以降の最多本塁打のタイトル獲得者を対象に、「三振の少なかった本塁打王」を調べてみた。その結果、三振が少なかった順にTop10は以下のようになった。

第1位 18三振……大下弘(東急/1951年)
第2位 31三振……山内和弘(大毎/1959年)
第3位 33三振……ブーマー・ウェルズ(阪急/1984年)
第4位 34三振……長嶋茂雄(巨人/1961年)
第5位 36三振……別当薫(毎日/1950年)
第5位 36三振……長池徳二(阪急/1972年)
第7位 37三振……王貞治(巨人/1977年)
第8位 39三振……青田昇(巨人/1951年)
第9位 40三振……山内和弘(大毎/1960年)
第9位 40三振……落合博満(ロッテ/1985年)

 最も三振数の少ない本塁打王は、1951年の東急・大下弘。26本塁打で三振の数はわずかに18。この年は321打数だったので、三振率(三振数/打数で計算)は約5.6%。本塁打を量産する強打者は10%を超える選手が多く、20%を超えることも珍しくない。そのため、本塁打王で三振率5.6%は驚異的な数字だといえる。

 大下だけでなく、10位の落合までTop10はすべて三振率10%以下。中でも、3位のブーマーはTop10では2番目に多い482打数を記録しているが三振は33。三振率は大下に次ぐ約6.8%と優秀だ。また、7位の王、10位の落合は50本以上の本塁打を放ったシーズンだが、三振に倒れるシーンは少なかった。

2005年以降では85三振が最も少ない


2006年の日本ハム・小笠原の三振率は17.1%だった


 歴代で見た場合では、いずれも2000年以前の数字が並ぶが、例えば現在のチーム編成となった2005年以降で見た場合はどうなるのだろうか? 2005年以降に本塁打王になった選手の三振数を調べたところ、少ない順にTop10は以下のようになった。

第1位 85三振……岡本和真(巨人/2020年)
同1位 85三振……松中信彦(ソフトバンク/2005年)
同1位 85三振……小笠原道大(日本ハム/2006年)
第4位 92三振……バレンティン(ヤクルト/2012年)
第5位 98三振……ラミレス(巨人/2010年)
同5位 98三振……ゲレーロ(中日/2017年)
同5位 98三振……ソト(DeNA/2019年)
第8位 100三振……ソト(DeNA/2018年)
第9位 105三振……バレンティン(ヤクルト/2013年)
同9位 105三振……筒香嘉智(DeNA/2016年)

 2005年以降の本塁打王で「三振数が最も少なかった」のは、岡本和真、松中信彦、小笠原道大の3人。いずれも85三振だった。三振数は同数の3人だが、三振率を見ると17.1%の小笠原が最も優秀で、次いで17.5%の松中、19.3%の岡本という順になる。

 4位以降助っ人外国人が目立つ。バレンティンはシーズン131三振を記録したことはあるが、リーグ最多三振を喫したのは一度だけ。ソトも強振は多いものの、バットコントロール技術は高く三振は少ない。

 今季前半を終えた時点での本塁打数トップは、セ・リーグが巨人の岡本、パ・リーグが柳田悠岐。三振数は岡本が66三振、柳田が70三振で100三振は超えそうなペース。2005年以降最少の85三振以内というのは難しそうだ。とはいえ、豪快な三振も野球も魅力のひとつ。本塁打争いを繰り広げている強打者には、空振りを恐れない積極的なバッティングを期待したい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM
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