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昭和助っ人賛歌

三振も超芸術? 藤田巨人の愛すべき“ズッコケマン”トマソン。プロ野球カルチャーの浸透にも大貢献/昭和助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

 

宇野のヘディングと並んで


巨人・トマソン


「プロ野球史上に燦然と輝く、ヘディング」

 1981(昭和56)年夏の『週刊ベースボール』では、あの伝説の珍プレーを大々的に報じている。人呼んで“チョンボのウーやん”こと中日ドラゴンズ宇野勝が、8月26日の巨人戦で見せた世紀のヘディングである。中日が2対0でリードした7回裏二死二塁、代打・山本功児が放った遊撃後方へのフライを背番号7が捕球しようとしたら、白球は構えたグラブを素通りして、宇野のオデコに直撃。ボールは後楽園球場の左翼線へ向かって転々……。二塁走者の柳田真宏が悠々ホームイン、打者走者・山本は本塁憤死したものの、打倒巨人に燃える男・星野仙一投手はグラブをグラウンドに叩きつけて悔しがる。連続得点記録が158試合で止まる寸前だった巨人に1点が入ったのだ。全国中継された試合は中日が勝ったが、その結果よりも宇野の珍プレーを夜のスポーツニュースは繰り返し放送した。直後の週ベも「今シーズン、最大の珍プレー、いや恐らくプロ野球史上、語り草になろう、神々しくも光り輝く珍プレー」とまで絶賛している。

ボールを取り損ねてオデコに当てた宇野


 ちなみに星野はプロ野球史上2人目の3年連続最多失策へ突っ走るウーやんに対して、「プロなんだから、売り物になるものがあって目立てば、それでいいんだよ。やっぱり(失策王を)取るべきだよ、宇野は……」となんだかよく分からないエール。ミスを恐れずフルスイングをかました背番号7はこの年、打率.282、25本塁打とリーグを代表する打てる遊撃手として開花した。週ベ81年9月14日号では、フジテレビの昼番組名をもじり「野球版・笑ってる場合ですヨ」と称して“宇野ヘディング事件”をリポート。そこでウーやんと並び、「ただいま三振王へ驀進中」と紹介されている助っ人選手が、巨人のゲーリー・トマソンである(なお『笑ってる場合ですよ!』は、『森田一義アワー 笑っていいとも!』の前身番組だった)。

 8月31日現在、リーグ断トツトップの111三振を記録。「日本のストライクゾーンは広いからホームベースも広くすればいい」とか「三振を怖がるような打者はダメなんだ」なんて迷言製造機としても話題となっていた巨人の背番号12だが、当初の期待値は異様に高かった。なにせ、80年限りで現役引退した王貞治の四番の座を引き継ぐ男として来日したのである。メジャー通算61本塁打、78年のヤンキース時代にはワールド・シリーズ出場経験があり、79年にドジャースで14本塁打を放ち、四番も打った。80年こそ外野レギュラー争いに敗れ、1本塁打に終わるが、“まだ29歳の現役バリバリの大リーガー”というふれこみだ。ドジャースのラソーダ監督は「バッティングはパワフルで、ストロングだ。外野はどこでも守れるし、一塁でもいい。アグレッシブな選手だ」とトマソンを絶賛したが、あとにして思えば、だったらなぜそんな素晴らしい選手をあっさり手放したのか追及すべきだった。

超一流の頑固者


豪快過ぎるスイングで三振がどんどん増えていった


 身長185cm、体重82Kg、左投げ左打ち、3年契約の年俸4500万円。契約金やトレードマネーを含めると総額2億円(100万ドル)と推定される当時としては異例の大金をつぎこんだ新助っ人は、宮崎キャンプ合流初日にスコアボード直撃の特大弾を放ち、周囲の度肝を抜く。開幕戦は「五番・右翼」で先発出場も、1週間後には81年シーズンの話題を独占していたゴールデンルーキー原辰徳にその座を譲った。5月には中畑清の負傷もあり第46代四番に座るが、豪快な空振りの連続で、5月28日の大洋戦では全打席三振を喫する。やがて、マスコミからは“舶来の大型扇風機”と呼ばれるようになり、チーム99試合目の8月16日ヤクルト戦で早くも100三振に到達。球団最多記録の109三振更新時には、「この記録だけは誰の助けも借りないで達成したヨ。間違いなくボクの記録だよ」なんてコメントしてみせた。そんな助っ人に藤田元司監督は呆れたようにつぶやいた。

「大リーガーというのは、みんなプライドを持っている頑固者だと聞いたけど、トマソンも超一流の頑固者だね。ボールがどんなに変化したり、違うコースにきても、絶対に自分のこうと思ったスイングの軌道を変えず、たとえ何十センチのズレがあろうと、かまわず振っちゃうんだから。あそこまで、自説を変えないと、むしろ尊敬に値するよ」

 悩める背番号12に王貞治助監督、末次利光打撃コーチも必死に助言したが、頑なに力いっぱい振る自分の打撃を変えようとはしない。しかも、もうひとりの外国人選手ロイ・ホワイトが頭に死球を受けた試合で黙々と4打数4安打の活躍を見せ、「まるで日本の古武士といった雰囲気だ」とナインからの尊敬と信頼を勝ち得た姿とは対照的に、外野守備時の送球で左肩を痛め、ホワイトより8歳も若いのに全力プレーを怠るトマソンの評価は低かった。

81年に藤田巨人は日本一に輝いた


 ただ、幸運なことに81年の藤田巨人は強かった。江川卓西本聖の二本柱を擁する投手陣に、世代交代に成功した野手陣も原、中畑、篠塚利夫らがレギュラー定着で首位を快走。秋には8年ぶりの日本一に輝く強いチームに、ファンも失敗を楽しむ余裕があったのだ。トマソンは“トマ損”なんて言われながらも、大洋戦で平松政次から後楽園の左翼席へ満塁アーチを放つなどパワーも見せ、打率.261、20本塁打、50打点、当時球団記録の132三振。週ベ81年10月12日号の「ただいま人気急上昇中 この愛すべきズッコケマン」特集では、宇野勝とトマソンを取り上げている。通算1000三振を記録した選手だけが入会資格を持つ“千振会”の結成を計画していた評論家の豊田泰光は、トマソンの大型扇風機ぶりに「このペースならすぐだ。ことしのオフはとりあえず名誉顧問、ということで招待しちゃおうかな」なんつって悪ノリ。記事では2年目に向けて「チイセエことはいわないで、ホームラン40本、三振は140個はやってもらいたい」とエールを送った。

2年目は出番が激減


来日2年目は本塁打0に終わって退団することに


 しかし、だ。82年のトマソンはまさかの0本塁打に終わる。開幕直後に再び肩を痛め試合中盤には守備固めを送られるようになり、やがて出番そのものが激減。夏場にヒザの故障で一時帰国後は、藤田監督に先発起用しない理由を直訴しようとしたこともあったが、通訳から必死に止められたという。『週刊ポスト』82年11月19日号には、「使ってくれなきゃ、打てる訳ないだろう!」と題した独占インタビューが掲載。

「こんな不成績のままで日本を離れたくない。オレは日本の人々に、オレが何をできるか、どんなことができるかを見せてやりたい。オレにとって、ギブアップすることは、たやすい。『日本のことなど忘れてしまえ』と、オレの取り分の金を貰って帰国することは簡単だ。が、オレはバッド・ガイ(悪い男)じゃない。チャンスさえ与えてくれたら、オレはもっともっと打ちまくることができた」

 トマソンは「来年だって好成績をあげる自信がある。いい仕事をしてみせる自信があるんだ」と吠えたが、47試合で打率.187ではどうしようもなく、その年限りで巨人を退団する。評論家の青田昇は『助っ人列伝』(文春文庫)の中で、「“トマ損、トマ損”って彼をバカにしたようなこと言うけど、ホンマ彼はいいところで打ってるぜ。ガンちゃん(藤田監督)の一年目の優勝なんて、トマソンのおかげだったと思うな。いいところでホームランしてるぜ」と意外性の働きを評価する声もあった。

 だが、結果的に失敗と見なされたトマソンの存在は巨人の外国人獲得ルート再考に繋がる。日米野球のレッズ招待で機嫌をそこねてしまったドジャースとの友好復活のシンボルとして、セールストークを信じて獲得したが、蓋を開けてみたら問題児を押しつけられただけだった。このままずっとドジャースから選手を譲り受けているだけではダメだ。球団独自の大リーガー調査網の構築を決断し、のちに獲得にこぎつけたのがレジー・スミスであり、あのウォーレン・クロマティである。まさにミスター風にいえば、失敗は成功のマザーだった。

“超芸術トマソン”とは?


 さらにその後も意外な形でトマソンの名が脚光を浴びる。前衛美術家の赤瀬川原平が、家屋のすでに入口が塞がれた場所に長年残されている階段のような、「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」を“超芸術トマソン”と命名したのである。こんなものがなぜ建物にずっと付いているのだろうか? その階段の奇妙な存在感に、高年俸を払いながらあまり役に立たず、ていねいにベンチに座り続けた巨人の助っ人の姿を重ねたのだ。バブル期には『美術手帖』や『建築文化』といった雑誌で度々、街中の“超芸術トマソン”が取り上げられた。ちなみに選手名鑑記載のトマソンの趣味が「不動産鑑定」だった事実はあまり知られていない。

 フジテレビで『プロ野球珍プレー好プレー大賞』の放送が始まったのは83年のことだが、珍プレーに怒るのではなく、楽しむ。そして、ときにダメ助っ人を嘆くのではなく、愛でる観戦スタンスは80年代初頭に広く定着した。いわば勝利がすべてのプロ野球で、勝敗以外をバラエティ番組のようなエンタメとして消費する。楽しみ方は自由だ。その今も続くプロ野球カルチャーの浸透に大きく貢献したのが、ゲーリー・トマソンだったのである。

文=プロ野球死亡遊戯(中溝康隆) 写真=BBM

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