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プロ野球はみだし録

のちには黄金ドラフトの評価も…「近年にない不作」といわれていたドラフトとは?【プロ野球はみだし録】

 

8球団の1位が野茂に競合したが


8球団競合の末、近鉄が当たりクジを引いた野茂(左は仰木監督)


 ドラフトが入札制となって以降、どれだけの球団が目玉の選手に競合するかも注目されるが、1位の指名が1人の選手に集まるようなドラフトは、黄金ドラフトと評されないものだ。とはいえ、これも例外がないわけではない。黄金ドラフトどころか、事前は「近年にない不作」とさえ言われていたのが1989年の秋、平成で最初のドラフトだった。

 このとき巨人に指名されず元木大介が“浪人”したことは紹介したが、巨人の藤田元司監督が同じく巨人を熱望した大森剛と元木で「大元森木と書きたい」と悩んでいたとき、8球団の指名1位が新日鉄堺の野茂英雄に競合する。抽選では近鉄の仰木彬監督が自らの手で交渉権を獲得、近鉄を意中の球団としていた野茂は念願をかなえた形になった。そして野茂は1年目の開幕から旋風を巻き起こす。ここまでは黄金ドラフトどころか、“野茂ドラフト”のような雰囲気だったのは確かだ。

 だが、高校生の1位は野茂を外したダイエー(現在のソフトバンク)が指名した元木だけだったこともあり、1位の選手たちは各チームで即戦力となる。投手では中日1位の与田剛が90年にセ・リーグ新人王に輝くと、広島1位の佐々岡真司は翌91年のMVPに。西武1位の潮崎哲也はリリーフ陣の一角として黄金時代に貢献、ヤクルト1位の西村龍次、2位の古田敦也もチームを黄金時代に導き、大洋(現在のDeNA)1位の佐々木主浩は98年にチーム38年ぶりリーグ優勝、日本一の立役者となった。チームの低迷期に重なったが、日本ハム1位の酒井光次郎も1年目から活躍し、ロッテ1位の小宮山悟阪神1位の葛西稔、日本ハム2位の岩本勉もチームの主力となった。

 打者では近鉄3位の石井浩郎に広島4位の前田智徳、阪神5位の新庄剛志、中日6位の種田仁、投手としての入団ながら中日2位の井上一樹らが大成。入団したチームから移籍して投打で結果を残した男たちもいた。オリックス1位の佐藤和弘もインパクトでは負けていない。

 蓋を開けてみて、しばらく経ってみないと正体が分からないのがドラフトの奥深さであり、恐ろしさなのだろう。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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