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昭和助っ人賛歌

藤本博史監督の理想の四番…“打てる二塁手”バナザードは珍プレー好プレー番組のスター?/昭和助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

 

「南海の熱意に誘われて」


南海・バナザード


「今年は、最後だという危機感を持って頑張りたい」

 これは当時プロ7年目を迎える南海ホークスの選手が、『週刊ベースボール』88年選手名鑑に残したコメントである。前年は26試合出場で打率.244、本塁打なし。24歳で年俸は570万円という伸び悩む一軍半選手のリアル。そんなクビのかかった立場にもかかわらず、好きな女性のタイプは「杏里のようなキュートで都会的な女性」なんつって妙にリアルな回答をしてしまう憎めない無名の若者が、“ヒロシ”こと若かりし日の藤本博史である。

 この1988(昭和63)年の南海は球団創立50周年を迎え、春からお祭りムードだった。キャンプでは史上初のスイッチピッチャーこと左右両投げ投手の近田豊年が注目され、新外国人のジョージ・ライトが右翼でスタメン出場すると「六番ライト、ライト」とアナウンスされることも話題に。そんな能天気な環境に超ド級のビッグニュースが飛び込む。あの財布にシビアな南海が計100万ドル(約1億3000万円)の大金を投資して新外国人選手を獲得したのだ。トニー・バナザード、31歳。プエルトリコ生まれの大リーガーはメジャー通算9年間で1000試合以上に出場して、打率.263、75本塁打、113盗塁。走攻守三拍子そろった両打ちの内野手だ。86年にはインディアンスで打率.301、17本塁打、73打点、17盗塁というキャリアハイの成績で、オールスターにも選出されていた。

「そんな大物がホンマに来るんかいな?」なんて声も上がる中、88年3月12日夕方、ついに大阪国際空港にバナザードは降り立つ。「南海の熱意に誘われて、チームの状況を聞いてみて、ぜひ戦力になりたい、ペナントを勝ちとれるように貢献したい、と思うようになったんだ」と抱負を語り、神戸のマンションからの電車通勤も平気な顔でこなす。年俸9700万円はもちろん球団史上最高額(同年の門田博光が6200万円)だった。補強の目玉は開幕から「三番・二塁」で先発出場するが、チームは球団ワーストを更新する開幕7連敗と出だしでつまずいてしまい、バナザードもパ・リーグの観客の少なさにショックを受けたという。

 だが、背番号9は身長175cm、体重72キロの助っ人にしては小柄な体型ながら、闘争心を前面に出す生粋のファイターだった。南海の環境をバカにして腐るのではなく、ときに門田や阪急のブーマーから日本野球に適応するアドバイスをもらいながら、そのプレーで自らチームを鼓舞したのである。前半戦終了時で打率.316、12本塁打の好成績に、杉浦忠監督も「ファンを魅了するハッスルプレーには学ぶべきものがある。コンディショニングなどの知識も豊富や」と酒もタバコもやらず筋トレに励む“バナやん”に感謝した。さあ後半戦も頼んだでと思ったら、事件が起きる。8月28日付のスポーツ各紙で「南海、身売り」が報じられたのである。大手スーパー・ダイエーがホークスを買収、フランチャイズを九州の福岡市に置くという構想が表面化。その喧噪の中で打ち続けたのが、“不惑の大砲”門田と連続試合安打のバナザードだった。

バブリーなBUコンビ


 88年南海ラストシーズン、バナやん夏の陣は今でも語り草だ。9月8日の近鉄戦では史上9人目の左右両打席で1試合2本塁打を放ち、「いやあ、みんなに聞かれるけど、ボクとしては記録なんて何とも思ってないんだ。快挙? いやいや、たまたまだよ。日本へ来ていきなりだもん」なんてトボケつつ、13日のロッテ戦で27試合連続安打の外国人新記録を達成する。最終的に28試合まで伸ばした連続安打記録だけでなく、8月15日の近鉄戦では同僚ライトの死球に怒り、マウンドへ猛ダッシュして加藤哲郎にパンチを浴びせKO。9月1日にはロッテ戦で木樽正明投手コーチと乱闘騒ぎの暴力行為。9月23日は判定を不服として牧野球審に暴言を吐き、約1カ月の間に退場処分3度という怒涛の連続退場記録を樹立した。手からすっぽ抜けたバットを拾いにマウンド付近まで歩いただけで、「えっ乱闘!?」と相手投手をビビらせる本場の迫力は、人気番組『珍プレー好プレー大賞』でも話題に。ちなみに翌年から平成が始まるわけだが、昭和最後の退場者はバナザードである。

 1年目は、10月6日に右肩痛を理由に帰国。軽い脱臼を隠しながらプレーしていたら悪化してしまい、すでに南海のBクラスが決定的だったこともあり、ペナントを10試合ほど残し、お役御免となった。肩のケガで終盤に打撃の調子を崩したが、一時は首位打者争いを繰り広げ、最終成績は打率.315(リーグ4位)、20本塁打、60打点、6盗塁。当時の球界では珍しい助っ人の「打てるセカンド」は2年契約だったが、神戸の住環境を気に入り、一時は福岡ダイエーホークス行きに難色を示す。同じくMVPの門田は家庭の事情で九州行きを断り、関西でのプレーを希望。新球団オリックスへ移籍した。となると、ダイエーにとって“バナやん”まで失うわけにはいかない。年俸のベースアップ、新ホーム平和台球場の施設改善、納得のいく新住居の手配という諸条件を受け入れ、なんとか残留にこぎつけた。

89年のハワイキャンプにて、アップショー(左)とバナザード


 89年1月18日、270人乗りのボーイング767をチャーターして選手・関係者が福岡入りというド派手な演出に始まり、春季キャンプではハワイへ飛んだ。現地の球場は地元ハイスクールも使用するため、午後3時半でダイエーの練習が打ち切られるドタバタもあったが、バナザードと新助っ人のウィリー・アップショーはダイエー系列「ホリデーマート」ホノルル店でにこやかにサイン会を行った。なおメジャー通算123発の大砲アップショーは年俸1億2000万円の高給取り。このバブリーなBUコンビは、新生ホークスの顔となる。

 開幕当初は日本人投手の攻めに苦しむアップショーをバナザードがケア。互いに負けたくないと刺激し合いながら、乱闘になれば球界の“ヘル・ミッショネルズ”として最強タッグを組み共闘する。新たな契約書に「暴力行為禁止」の誓約事項が追加されたが、プエルトリコの暴れ鷹はときに派手にグラウンドで舞った。8月に打率.349、8本塁打、13打点で月間MVPを獲得。忘れたころにベースに砂をかけてナチュラルに退場。史上初の1シーズン2度の左右両打席アーチも放ち、バナザード34本塁打・93打点、アップショー33本塁打・80打点と史上4組目の助っ人30発コンビが誕生した。日本人野手も岸川勝也がサヨナラアーチ3本を含む26本塁打と開花するなど、オリックス“ブルーサンダー打線”の170本に迫るリーグ2位の166本塁打を記録。89年の年間順位は4位だったが、試合終盤に粘り「閉店間際のダイエー」と言われたチームは、後半戦29勝20敗3分けと健闘する。観客動員も好調でホークス初の100万人動員を達成した8月25日平和台の日本ハム戦では、観客全員に平成元年製造の100円硬貨が入った大入り袋が配られた。

田淵ホークスで不完全燃焼


90年、日本での最後のシーズンは思うような成績を残せなかった


 しかし、だ。満を持して田淵幸一新監督を迎えた90年、前年秋のドラフトで1位指名の元木大介に入団拒否される不運から始まり、キャンプ地がハワイから沖縄に変わったことにより、家族サービスができなくなったアップショーは不満を露わに。さらに一時は星野中日入りも噂された頼みのバナやんも紅白戦でスイングした際に右肩を痛め、オープン戦の守備練習中に左足ふくらはぎの肉離れを発症。田淵ダイエーは開幕から13試合でわずか3勝と出遅れ、そのまま史上最低勝率を更新する勢いで負け続けた。こうなると次第に普段は温厚な田淵談話も荒れてくる。

「とにかくベンチで声を出そう。もっと野球は面白く、明るくやらなければ……。ベンチのムードがパワーを生むことがあるのだから」

「どうしてウチの選手はおとなしいんだ。凡打したら、ベンチでゴミ箱を蹴り倒すくらいになってほしい」

「これからは闘う集団の中で気迫とか気のないヤツはどんどんファームに行ってもらう。みんなお金を稼ぐ気がないの?」

 そうして、5月にアップショーが二軍に落され、第三の外国人ウィルソンは6月に解雇。大リーグ史上2位の307セーブの記録を持つゴセージが途中入団するもリリーフ失敗を繰り返し、戦力にならず。最後のとりで、バナザードも34歳にして満身創痍で指名打者の出場が増え、7月に左ワキ腹を痛め登録抹消されると、9月16日に途中帰国。球団から来季の契約は結ばないことを告げられていたが、バナやん自身もプライベートの離婚問題を抱えながら、アップショー退団の経緯などダイエーと田淵監督に失望していた。球団ワーストの85敗、戦後最低の勝率.325と歴史的な惨敗で首位西武と40ゲーム差の最下位に沈んだ90年は、背番号9も不完全燃焼の75試合で打率.275、13本塁打、40打点。結局、3シーズンのプレーで日本を去ったが、二塁を守りながら30発を放つアグレッシブなプレースタイルと、乱闘での爆発的な暴れっぷりは、同僚やファンに強烈なインパクトを残した。

 あれから30年以上が経った2021年秋。あの「毎年最後だと思って」がむしゃらにプレーしていた若者、“ヒロシ”こと藤本博史は58歳になり、ソフトバンクホークスの一軍監督に就任。四番を任せられる理想の外国人選手像を聞かれると、コンスタントに成績が残せて全力疾走ができる助っ人として、ひとりの男の名前を口にした。

 そう、「バナザードですかね」と。

文=プロ野球死亡遊戯(中溝康隆) 写真=BBM
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