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怪物、散る。作新学院高・江川卓、雨の中の敗戦/週べ回顧1973年編

 

 3年前に創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。バックナンバーを抜粋し、紹介する連載を時々掲載しています。

最後は押し出しでサヨナラ負け


作新学院高・江川卓


 今回は『1973年9月3日号』。定価は100円。

 1973年8月16日、甲陽高のグラウンド。作新学院高の江川卓は、キャッチボールもトスバッティングもそこそこに済まし、フリー打撃を始めた。

 レフトの奥に高さ4メートルの金網に囲まれたテニスコートがあったが、その金網をはるかに越える当たりもあった。一度、小倉に打席を譲ったが、その際もビュンビュンと恐ろしいほど力強く素振りをする。表情もかなりこわばっていた。

 そして小倉が打ち終わるのを待ってケージに入り、再び打ち始める。

 すぐ隣では、この日、甲子園で対戦する銚子商業高がやはりフリー打撃をしていた。OBがプレートを2メートルも前にして投げている。もちろん江川の速球対策だが、その隣に江川本人がいるのはシュールといえば、シュールだ。

 両校の対戦は過去4回で作新が4勝。うち江川で勝った試合が3試合だ。この日は、監督も選手も顔なじみとあって、試合前練習の時間をずらすことなく呉越同舟となったという。

 野手のように思い切った打撃練習は、相手がいる前でピッチングはできないと思ったのか、貧打が続く味方打線の中、「自分が打たなければ」という思いだったのか。さらに思うように調子が上がらぬ自身のピッチングに対する焦りもあったのかもしれない。

 怪物江川の球威は明らかにセンバツより落ちていた。

 舞台を甲子園に移す。これもまた調子の悪さゆえだろうか、江川は第1球から珍しくカーブを投げた。ストレートに球威がなく、しかも高めは見送られ、ストライクを取りに来た球ははじき返された。相手が江川を研究し尽くしていたこともあるが、とにかく三振が取れない。

 それでも粘りのピッチングで0を並べるが、対する作新打線もまた0が続く。

 雨の中、試合が進み、延長戦へ。降り続いていた雨が激しくなってきた。

 10回裏、銚子商の磯村が三塁打。作新は満塁策をとり、一死一、三塁、続く打者もノースリーとなったが、ここで宮内英がスクイズ。しかし、これを作新バッテリーが見抜き、大きく外し、飛び出した磯村をアウトにした。

 このあと二死一、二塁で銚子商がヒットエンドラン。二塁走者の多部田は打球がライト前に転がるのを見て、一気にホームへ。ライトがファンブルし、タイミングはセーフだったが捕手・小倉のブロックでアウト。流れは作新に傾いたかに思えた。
 
 雨がさらに激しくなった12回裏。江川は先頭の磯村を歩かせ、多部田がセンター前。ここで作新は再び満塁策を取った。

 しかし、江川は最後の打者・長谷川にフルカウントから四球を与え、押し出しサヨナラ負け。

 主将の菊池が泣いた。「江川に悪い」と皆が泣き、江川だけが泣かなかった。

「力の差です。高校野球はこれで終わりました」

 淡々と話した。

 翌日、作新ナインは京都観光。少しリラックスした江川が、前日の敗戦についてこう話している。

「二死満塁で打者には2-2からが勝負でした。でも、力いっぱい投げたつもりが、やはり手が滑りました。2−3になって最後の1球は、僕の一番得意なボールに懸けました。でも、このときも濡れてうまくいきませんでした。しかしいいんです。僕の最後のボールは自分でも一番信頼する球を投げて、それで負けたのだから仕方ありません」

 すがすがしい笑顔だった。

 では、また。

<次回に続く>

写真=BBM
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