「じゃあ、出させてください」

　1980年代から90年にかけて、プロ野球の“盟主の座”を争ったのが巨人と西武だ。チームが西武となって初めてパ・リーグを制し、日本一に輝いたのが1982年で、両雄が初めて日本シリーズで激突したのが翌83年。以降80年代は、この2チーム間で選手が移籍した例は少なく、特に巨人から西武へ移籍したのは3人だけだった。その3人目が、リリーバーとして巨人で一時代を築いた鹿取義隆だ。

　王貞治監督の下でリリーフ陣の一翼を担った鹿取だったが、先発完投を重視する藤田元司監督の下では活躍の場を失っていた。巨人の選手がトレードされる、という噂は当時のオフでは風物詩のようなもので、鹿取も“常連”の1人だったが、現実味を帯びてきたのが89年オフ。鹿取は「最初は新聞に出たんですよ。監督に聞いたら、出たかったら出てもらっても構わん、と。戦力じゃないんだな、と思いました。あらためて監督に、じゃあ出させてください、って」と振り返っている。その新天地が西武だった。

「僕がプロに入った年にできたチームだから、なんとなく親近感がありました。変なチームカラーや派閥がなくて、入っていきやすかったですね」(鹿取)

　鹿取は移籍1年目の90年から初タイトルでもある最優秀救援投手に輝き、王座奪還に貢献。日本シリーズでは奇しくも古巣の巨人と激突することになった。

「ミーティングでは僕が説明役。打者のミーティングでは巨人の投手を、投手のミーティングでは巨人の打者を。『巨人はこんなじゃない、もっと強い』って言い続けたのに(笑)」(鹿取)西武は巨人に無傷の4連勝で日本一に。鹿取には古巣の巨人を見返したいという気持ちは「なんにもない」と言うが、巨人の岡崎郁から「野球観が変わった」という発言もあった歴史的な日本シリーズでもあった。

　この90年は西武にとって黄金時代の頂点といわれるシーズンでもあり、そこから西武はリーグ5連覇、3年連続で日本一に。鹿取は同じく90年に入団した“同期”の潮崎哲也、93年に入団した杉山賢人らとリリーフ陣“サンフレッチェ”を形成、97年までプレーを続けている。

文＝犬企画マンホール　写真＝BBM