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プロ野球はみだし録

シェーン、ホワイト、デストラーデ、セギノール…助っ人スイッチヒッターたちの時代【プロ野球はみだし録】

 

打席の左右でパンチ力が変わらず


広島・シェーン


 スイッチヒッターといえば、韋駄天タイプの選手が足を生かすために左打ちに挑戦するケースが多い。もともとは右打者で、一塁に近い左打席に入ることで少しでも出塁する確率を上げようとするもので、左打席ではコツコツと当てにいく打撃という印象も強い。もちろん、出塁が目的なのだから、そこに問題はない。

 一方で、左右の打席それぞれから本塁打を量産する助っ人スイッチヒッターとなると、若いファンにとっては21世紀のパ・リーグで活躍したセギノールが真っ先に思い浮かぶ強打者かもしれない。かろうじて昭和を知るファンにとっては、西武の黄金時代を象徴するデストラーデになるだろうか。両者は比較的、長くプロ野球でプレーした助っ人だが、そんな男たちが次々に登場した時代があった。

 奇しくもセギノールが誕生した1975年に来日、広島を初のリーグ優勝に導いたシェーンが、その75年にプロ野球で初めて1試合で左右の打席それぞれから本塁打を放ったスイッチヒッター。ただ、このシーズンは13本塁打と長距離砲タイプではなかったが、そのうち2発を1試合で左右から固め打ちしたことになる。わずか2年で広島を去ったシェーンだが、のちに広島はスイッチヒッターが打線の上位に並ぶ機動力野球で黄金時代を迎えたことを考えると、その功績は大きい。

巨人・ホワイト


 長距離砲タイプの助っ人スイッチヒッターにシフトしていったのは、80年代の巨人からになるだろうか。草分けはホワイト。ジェントルマンとしても逸話を残すメジャー歴戦の猛者で、すでに全盛期は過ぎていたが、打線にホワイトがいることの存在感は大きく、ホワイトが去ると同じタイプのスミスが来日している。両者ともに目を見張るような数字は残していないが、メジャーの実績と合わせて相手チームに強い警戒感を抱かせる助っ人だった。

西武・デストラーデ


 これが数字にもつながったのがデストラーデだ。89年のシーズン途中に入団。初めて西武で開幕を迎えた90年からは3年連続で本塁打王、2年連続で打点王に輝き、西武も3年連続で日本一に。デストラーデは日本シリーズでも3年連続で第1戦の初打席で本塁打を放っている。

文=犬企画マンホール 写真=BBM
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