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【MLB】アンパイアの目と判断力がすべてだった時代は今や昔。良いことか悪いことか? 

 

ビデオのリプレーが導入され、審判団と監督との怒鳴り合いの抗議は少なくなった。ルー・ピネラ監督[右]もよく感情が爆発し、抗議していた。今度こういうシーンはさらに減っていくかもしれない


「KILL THE UMPIRE(アンパイアを殺っちまえ)」という1950年製作のアメリカ映画がある。審判嫌いの元野球選手が、仕事をクビになり、元審判の義父の勧めで嫌々審判学校に行き、マイナー・リーグの審判になるコメディ映画。微妙な判定を巡って、球場が騒然となるシーンがたびたび出てくる。

 ホームチームに不利な判定を下すと、スタンドから「殺っちまえ」の罵声が飛び、次々に物が飛ぶ。主人公は「どうしてあそこまで狂った態度を取れるんだ。審判も同じ人間なのに」と嘆くと、選手は「審判になるなんて人間に起きる最低のことさ」とこともなげに言う。

 この映画を見て個人的に思い出したのは2001年、イチローが入団したマリナーズのルー・ピネラ監督の姿だった。審判の判定に激高し、顔が真っ赤になり、ベースを引っこ抜いてほうり投げたり、本塁ベースに砂をかけたり。最近はメジャーの試合でこういう光景をすっかり見なくなった。言うまでもない、ビデオリプレーで微妙な判定は機械が答えを出してくれるから、審判に当たる必要がない。

 しかしながら長い野球の歴史の中では、判定の不確かさを巡って、球場が熱くなり再三再四盛り上がった。50年代のアメリカのスポーツ専門誌が、監督や選手は審判に抗議すべきか、という特集を組んでいた。退場回数124回のレオ・ドロ―チャー監督は「抗議しても判定は覆らないが、そうすることで審判も失敗に気付き、次はもっと注意深くなる。審判は人間であり、ミスをするものだから」と指摘する。

 ジャッキー・ロビンソン選手は「クロスプレーでアウトになり、抗議もせずにダグアウトに戻れば、セーフだと思ったファンは私をヤジる。チームメートも私が試合に勝つために必死でないと感じる」と説明した。一方でアンパイアは「ルール上抗議はできないが、私たちがそれを許すのはファンが大好きな選手のプレーを見るために球場に来ているから。しかし抗議が行き過ぎれば退場にする」と言う。

 あるファンは「ドジャースの選手は雨で試合を中止にすべきと思ったから、レインコートを着て打席に入った。ジャイアンツの監督は暗過ぎるからと手提げランプを持ち込んだ。2人とも退場処分。こういう抗議は楽しい」と話す。

 50年代は、プロ野球がアメリカで一番人気があった時代だが、機械はなく、審判の目と判断力がすべてで、ゆえに彼らへの風当たりも強かった。しかしながら2022年の現在、ビデオリプレーに続き、数年後ロボットアンパイアの導入となれば、審判はどうなるのか?

 「KILL THE UMPIRE」の主人公は、一度審判学校を辞めようとするが、駅で汽車を待っている間に草野球で喧嘩をしている子どもたちを仲裁、審判を買って出た。

 試合が終わると「今までは途中で何度も喧嘩になり、暗くなる前に試合が終わったことがなかった。あなたのおかげで初めて正しく野球ができた」と感謝され、審判の重要さ、やりがいに気付き、翻意している。そして映画のクライマックスでは殺されそうになりながら「野球のために」とフィールドに立った。もうあのころには戻れないのである。

文=奥田秀樹 写真=Getty Images
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