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プロ野球回顧録

“伝説の男”ブライアントが日本で成功した秘訣は「シンボウ」【プロ野球回顧録】

 

「10.19」の雪辱イヤーも22試合連続三振の新記録


近鉄ですさまじい当たりの本塁打を連発したブライアント


 1989年。近鉄のブライアントは不機嫌だった。開幕から打撃不振に苦しみ、それが守備にも悪影響を与えたのか、平凡なミスを繰り返した。6月20日のロッテ戦(川崎)では、近鉄に入団して初めて先発メンバーから外され、翌21日の同カードでは、22試合連続三振という不名誉なパ・リーグ新記録。喜劇俳優エディ・マーフィに似た風貌で陽気な印象が強いが、神経質な一面もあり、このときも「マスコミは悪い話だけを聞いてくる。インタビューはノーだ」と取材を拒否した。

 不機嫌なのは、89年の打撃不振だけが原因ではなかったのかもしれない。前年の88年、シーズン最終戦は伝説の“10.19”だ。近鉄はV4をうかがう西武を猛追、全日程を終えた西武から王座を奪うためには、10月19日、ロッテとのダブルヘッダー(川崎)で連勝しなければならなかった。猛追の起爆剤となったのがブライアントで、第2戦の8回表にシーズン34号となる勝ち越しソロを放つも、その裏に同点に追いつかれ、そのまま延長戦に突入。4時間を超えたら新しいイニングに入らないという当時のパ・リーグの規定により引き分け。近鉄は負けずして優勝を逃した。無念のまま過ごしたオフを挟み、雪辱を期した翌シーズンにもかかわらず、なかなか調子が上がらない。

 のちに、日本での成功の秘訣を聞かれたとき、こう答えている。

「シンボウ」

 辛抱――日本での打撃の師匠でもある中西太コーチの「辛抱じゃ」という口グセを覚えたものだった。もっとも、中西コーチに出会う前から「シンボウ」の連続だったかもしれない。

 81年6月のドラフトでドジャースから1位で指名されて入団も、メジャーでは確実性に欠け、マイナーとの間を行ったり来たり。87年オフ、監督に「出番はあるか」と尋ねると、「少ないだろう」と言われる。そして、チャンスを求めて来日。ただ、入団したのは近鉄ではない。セ・リーグの中日だった。当時は外国人選手の一軍登録枠は2人で、中日では郭源治、ゲーリーが絶好調。残された道は“第3の外国人”、つまりファーム暮らしだった。

「苦労した覚えしかない。朝が早いし、練習も超ハード。日本語が分からないのに、通訳もいない。まるで軍隊生活をしているようだった」

中日では“第3の外国人”として不遇の日々を過ごした


 まだ「シンボウ」という日本語は知らなかっただろう。だが、間違いなく「シンボウ」の日々だった。それが報われたのは6月。近鉄のデービスが大麻不法所持で逮捕されて解雇、その穴を埋めるべく、金銭トレードで近鉄へ移籍することになる。中西コーチとのマンツーマンの猛練習を経て、74試合で34本塁打。迎えた89年も「シンボウ」の前半戦を経て、夏場を過ぎて調子を上げていく。近鉄も8月12日の日本ハム戦(東京ドーム)に勝って首位に浮上。その後は西武、オリックスと三つ巴の優勝争いとなっていく。

「アンビリーバブル!」不朽の4打数連続弾


 ブライアントが奇跡を起こしたのは10月12日、首位の西武とのダブルヘッダー(西武)だ。近鉄は1ゲーム差に迫っていたが、一つでも敗れれば優勝は絶望的という状況は、前年の“10.19”と似ていた。第1試合、4回表の第2打席で、郭泰源からソロ。6回表の第3打席で同点の満塁弾を放つと、右手を高々と突き上げた。8回表の第4打席で勝ち越しのソロを放ったときには、両腕を上げて絶叫。続く第2試合の第1打席は敬遠で歩かされたが、第2打席では勝ち越しソロ。

「アンビリーバブル!」

 このダブルヘッダーに2連勝の近鉄は14日に優勝を決めた。49本塁打、121打点のブライアントは本塁打王、MVP。プロ野球新記録の187三振を喫してはいたが、それを帳消しにする大活躍だった。

オリックスコーチ時代、東京ドームで打球をぶち当てた天井のスピーカーを指さす


 現在もプロ野球記録として残る204三振を喫した93年には42本塁打、107打点で打撃2冠。翌94年も35本塁打で2年連続の本塁打王に。95年オフに退団したが、それから25年以上を経た現在も、シーズン三振記録の歴代3位までをブライアントが独占している。

 一方で、三振というリスクを抱えた豪快なフルスイングは、すさまじい飛距離の本塁打を量産した。90年には設計者が「当たるはずない」と断言していた東京ドームの地上43メートルに設置されたスピーカーに打球を当てて、認定本塁打となったこともあった。

 まさに伝説の男だった。

写真=BBM
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